■ Stars in the night ■


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自分がこんなにも、一人の人間をいとおしむことが出来るなどとは、思ってもみなかった。
彼女は、ある時ひょっこり私の前に現れて、いつの間にか、離れる事が叶わなくなっていた。

決して手に入れることなど出来ないと思っていた、いや、むしろはじめから望んですらいなかった、
こんな自分を「好きだ」と言ってくれる存在。荒んでしまった私には綺麗すぎるほどの無邪気さと、
嘘も翳りもない笑顔で、いつでも微笑みかけてくる。全ての心をかけて、慈しむことの出来る存在。

それ故に、何より恐れるのは、いつか、失ってしまうこと。





「先生、ケーキを作って来たんですけど・・・・・いかがですか?」

いつも通り、彼女が部屋にやって来る。小さな足音を聞いて、その来訪を知り、ノックに応えて
ドアを開けてやると、はいつも通りの、屈託のない笑顔で、しかしやや遠慮がちに白い箱を
差し出してきた。私があまり甘いものを好まないことを知っているせいだろう。


「ケーキとは、珍しいな。」

「・・・・・先生、甘いの好きじゃないって思ったんですけど、今日で今年は終わりなので、何か
 お祝いらしいものをって考えたら、これくらいしか思いつかなくて・・・。」


彼女に言われて、そういえば今日は12月31日だったことに気付く。少し照れくさそうに言い訳
をするを見て苦笑しながらも、一緒に新年を迎えられるということが、今更ながらこの上なく
喜ばしいことに思えた。


「あ、でも、甘さ控えめに作ったんですよ。何回も味見したし・・・・」


こちらが何も言わないのに、は一人で必死に喋っている。受け取った箱と彼女の顔を交互に
眺めながら、一生懸命ケーキ作りに奮闘しているその姿を想像して、堪らなくいとおしくなった。


「シャンパンくらい用意してやれれば良かったのだが・・・あいにく、今お前に言われるまで今日
 が何日か忘れていた。どうも我輩には日付の感覚というものが欠落しているらしい。」

「・・・・先生、それ、仕事のし過ぎですよ。たまにはゆっくり休んでください。」

「まあ、それなりにはゆっくりしているつもりなのだがな。何より・・・心休まる時間があれば、
 体の方にもそうガタはこない。心配するな。」


私の言葉に、は腑に落ちない様子で、何か文句を言いたげだった。あからさまに込めた意図
が伝わっていないのには、ややがっかりするが、この子どもっぽさもまだ16の少女では仕方が
ないのかもしれないと苦笑しながら、ふと時計に目をやると、針は11時45分を指していた。


「・・・・少し、外へ出るか。」

「え?!」


突然の提案には驚いて私の顔を見つめる。確かに、この雪の積もった、しかも夜中に屋外へ
出るなどという言葉が、日頃この上なく出不精な私の口から出たのだから、面食らうのも無理は
ないかもしれない。


「折角の年越しの瞬間が、このような陰気な地下室ではつまらぬだろう。」

「・・・・でも・・・」

「・・・・嫌なら止すが?」

「いえ、そんな・・・っ・・・すごく、嬉しいです!!」


瞬間、の顔がぱっと輝いた。いつだったか、真っ白な雪が好きだと彼女が言っていたのを思い出す。
それでもまだ、どこへ連れて行かれるのかと困惑気味のの手を引き、急いで部屋を出た。





階段を駆け上るようにして地上に出ると、を後ろから抱える形で箒に跨る。肌を刺すような冷気に
震えながら、どこへ行くのかとが訊いた。それには答えず、ただ、彼女に極力風が当たらないよう
両腕に力を込めた。はあきらめたのか、力を抜いて私の胸に体を預けてきたのが分かった。

それから、無言のまま風をきって、着いた先は、塔の屋上。


「わぁー!!星、きれいですね!!」

「・・・・ぎりぎり、まだ日付は変わっていないな。」

「すごい!こんな空の下で年越しできるなんて、嬉しいです・・・幸せです!!」


心から嬉しそうにはしゃぐに、思わず微笑み、その名を呼んで、抱き締めた。不意を突かれて、
彼女は一瞬、驚いた様子を見せたが、すぐに腕を私の背中に回して、呟いた。


「・・・・先生、大好き。」


凍えるような、冷たい空気の中で、抱き締めたの体が温かかった。愛しくて、愛しくて、涙さえ
出そうになる。私のこのような弱い心を、は知っているだろうか。この温もりが消えてしまうこと
が、怖くて仕方ない、弱々しい心を。

恐らく、この無邪気な少女は、こういった痛みを知らないだろう。今この時を幸せに思うより、失うこと
を恐れるような、そんな愛し方は、しないのだろう。


「・・・・は、新たな一年に何を願う?」

「え?・・・・・・・私は、先生が居てくれれば、それでいいです。それだけで、十分です。」



―― 唯、側に居てくれれば、それだけで ――



「・・・・・」

「先生?」

「・・・・我輩もだ。」

「え・・・、」


抱き締めていた腕を緩め、静かに唇を重ねた。この神聖なほどに煌く星空の下で接吻を交わせば、
その願いが、叶えられるような気がした。子どもじみた、馬鹿げた話。けれど、本当にそう思えたのだ
と言ったら、は何と言う?


「・・・・笑われるのだろうな。」

「・・・え?」

「いや・・・・・さて、だいぶ冷えてしまったな。戻るか。」

「・・・そうですね。熱い紅茶が飲みたいです。」

「ケーキもあることだしな・・・」

「はい!」





無邪気な笑顔、澄んだ心、その温もり・・・・どうかこの先も、この少女に幸いの多からんことを――



I wish you a happy new year...





(2004.1)





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