■ Shiny... ■


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セブルス・スネイプは校庭の芝生の上を歩いていた。その日は良く晴れていて、青い空には雲ひとつ無かった。
決して陽の光を好むとは言えないこの男が、そんな日に用も無く屋外に居るのは、稀なことであった。

午後2時を回った頃、仕事が一段落したスネイプは、ふとした気紛れで、地下の自室から地上に出て、特に
目的もなく学校の敷地内をゆっくりと歩いていた。丁度その時間は外で授業をしているクラスは無く、静かで
穏やかな昼下がりだった。スネイプは物憂げな表情で空を見上げた。

―――やはり、我輩には眩し過ぎる・・・・・。

目を細め、胸中で呟いた。心に、暗い陰を持つ男だった。この世に生を受けて30数年――数え切れないほどの
ものを失い、また、それ以上に、多くのものを他人から奪ってきた。多くの幸せ、多くの命――。それなのに、
生きている、自分・・・・・・



スネイプは足を止めると、小さく溜息を吐き、自室へ戻ろうと踵を回した―――その時、彼は視界の隅に白い物体
を認めた。それは塔の上にあった。柱の影に隠れて、ややもすると見落としてしまいそうなその白く小さい物体は、
時折、風を受けてひらひらと小さくはためいているように見えた。それが何なのかを確かめようと、スネイプは塔を
見上げて凝視したが、強い陽射しのせいで、なかなかはっきりとは分からなかった。

「・・・・・人間か?」

そう判断した次の瞬間、その白い“何か”はゆっくりと塔から落下し始めた。地上へ近付くにつれて、段々とその
姿ははっきりと見えてくる。それは紛れもない人間の少女。白くはためいていたのは真っ白いワンピースで―――

事態を理解した瞬間、スネイプは反射的に懐から杖を抜いた。スネイプが呪文を唱え終わるのと、少女が地面に
辿り着くのと、ほぼ同時に見えた。しかし、ほんの一瞬、スネイプの呪文が早かった。



スネイプは軽く舌打ちをすると、横たわる少女の方へと駆け寄った。一体何故このようなことが起こっているのか
呑み込めずにいたが、とにかく放っておくわけにはいかない。

見れば、その少女は制服こそ着ていないが、このホグワーツの生徒で、しかも自らが寮監を務めるスリザリン寮の
生徒だった。スネイプは、苦々しい表情で大きく溜息を吐くと、気を失っているその女生徒の頬を数度軽く叩いてやった。

数秒の後、少女はゆっくりと目を開いた。自分がどういう状況に居るのかを一瞬理解できない様子で、何かを言い
かけるように口を開いたが、何も言わずにスネイプから目を逸らした。

「何の真似だ。」

まだ自力で起き上がれない少女を、スネイプは膝をついて抱き起こした状態で、怒りの込もった強い語調で問い糾した。

「・・・・・・・・」

「本来、授業中であるはずの時間に、制服も着ずにあのような場所に居た。それだけでも大いに処罰の対象になり得る。
 しかしその話は後だ。・・・・なぜ、あのような真似をした?」

「・・・・・・・・」

「死にたいのか?!」

「・・・・・・・・」

「ミス・!質問に答えぬか!」

少女の名は、といった。スリザリン寮に所属する6年生で、成績が群を抜いて優秀な生徒だったため、
スネイプも彼女には目をかけていた。そのが、突然このような自殺まがいの行為を起こしたのだから、スネイプは
さすがに、少なからず動揺していた。

「何をしていた?まさか本当に、」

「どうして止めたんですか。」

スネイプの言葉を遮って、が初めて口を開いた。どこか虚ろな瞳でスネイプの顔を見上げながら、表情のない声で
スネイプを責めた。その言葉に、スネイプは眉間に皺を寄せて彼女の顔を凝視した。

「・・・・・死のうとしていたと云うのか?」

「・・・・・・・」

「何故、そのような・・・・」

相変わらずスネイプの口調や表情には怒りが刷かれていたが、の顔を見ると、何となくそれ以上問い詰めることが
できなかった。そして、沈黙が流れた。穏やかな陽の光と風の中で、二人の周りだけが、異質な空気で包まれているかの
ようだった。



「・・・・・・何も、ないから。」

沈黙を破って、呟くようにが言った。

「・・・・・ない?何が?」

スネイプが、怪訝そうな表情で聞き返すと、はまた呟くように、しかし淡々と答えた。

「・・・・生きてる意味が、何も、ないから。」

「・・・・・・・」

「私が生まれた、理由とか、今、生きてる・・・これから、生きていく、意味が、何もない。」

「・・・・だから、死ぬと?」

の言葉に、スネイプは衝撃を受けた。それが何故かは彼自身にもよく判らなかった。ただ、スネイプは、胸が
千切れるような痛みを感じ、再び聞き返した声は、掠れていた。

「・・・・・・・・」



「それは、自分で見つけるものではないのか?生きながら、探すものではないのか・・・?」

スネイプは、彼女も、それがどのようなものかは判らないが、悲痛な過去を持っているように思えてならなかった。
半ば本能的に、そういうものを感じ取った。けれど、今この場で、彼女にかけてやれる言葉を、スネイプは知らなかった。
それでも、精一杯、おそらく無駄であろう問いを、投げかけた。

「欲しくないんです。何も。・・・・生まれてから今まで、一度も、何かを欲しいと思ったことがないんです。何も、
 誰も、愛しいと思ったことも、本当に一度もない・・・・それって、変でしょう?・・・・それって、私は、私の
 心は、壊れてるんじゃないかって思うから。・・・・壊れた心で、これからどれだけ生きたって、何も、見つからない
 でしょう?」

スネイプの問いに、は無表情のままで、変わらぬ淡々とした口調で語った。その瞳には、彼女の言葉通り、何の
望みも情も映っていないように見えて、スネイプは堪らない気持ちになった。スネイプは、彼女に自分自身の姿を
重ねていたのかもしれない。



―――何故、自分は生きている?―――



「・・・・・・死ぬな。」

スネイプは、そう言うと、の細い腕を引き寄せて、その身体を強く抱き締めた。は一瞬、その身を強張ら
せたが、力が入らないのか、スネイプの腕を振りほどこうとはしなかった。スネイプは言葉を続けた。

「要らぬ命だと云うのなら、我輩が預かろう。・・・・・今はまだ、死なせはしない。」



ただの一生徒に過ぎないこの少女に、何故これほどまでに強い感情を抱くのか、スネイプ自身も判らなかった。
けれど、「死なせたくない」という思いだけが、はっきりとスネイプの胸に浮かんだ。



「・・・・・あったかい・・・・」

どれくらいそうしていただろうか。暫くの後にの口から漏れたその呟きは、あまりに小さくて、スネイプには
届かなかった。そして、彼女の瞳から、初めて零れた一筋の涙にも、その時、スネイプは気づかなかった。



空は変わらず穏やかで、柔らかな風が、二人を撫でていった。





(2004.1)





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