■ 冷たい砂 ■


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サラサラ、サラサラ.......零れ落ちていく、

蒼い砂のような“それ”は、とてもきれいで、

思わず、触れてみたくなった。

触れてはいけない、これは毒。

判っていても、

そういうものほど、私の心を狂わせる―――


















「何をしている!」


薄暗く、冷え冷えとした地下室に、低い、よく通る声が響いた。
急に現実に引き戻されて、反射的に振り返ると、寮監の教師が立っていた。


「ミス・、その、手に持っているものは何だ」


彼は眉間に皺を寄せ、荒々しく近付いてきた。
私が答えてもいないのに、私の手にしていた小瓶を取り上げようとするので、
思わず身をかわして、彼の伸ばした腕を避けた。


「.....それがどういう薬か、判っているのか?」


「........知りません」


嘘をついた。
そんなこと、知らないはずがない。
判っているからこそ、魅せられるのだ。


「青くて、きれいだったので」


彼は、苦々しい表情で溜息をひとつ吐いた。


「渡しなさい。それは、毒だ」


そう言って彼の差し出した右手を、私はわざと無視した。


「――毒?こんなに、きれいなのに」


「見た目が美しかろうと何だろうと、毒は毒だ。さっさと渡せ」


違う。
きれいだからこそ、毒がある。
だからこそ、触れてみたくなる。


「減点されたいのか?!」


次第に苛立ってゆく彼を見ているうちに、
ふと、思いついた。
彼を、困らせてみたくなった。


「――っ!何をしている!」


私は、小瓶を持っていた右手を、ゆっくりと高く上げると、
小瓶を傾け、落ちてくる砂のような薬を、左の掌で受けた。


「馬鹿者!死ぬつもりか!」


弾かれた様に駆け寄ってきた、彼の蒼白な表情を見て、
私は多分、笑っていた。


急激に薄れていく意識のなかで、他に憶えているのは、
砂が、指の隙間を零れ落ちる、サラサラ、サラサラ、という微かな音と、
その、冷たい手触りだけ。






目を開けると、保健室のベッドの上だった。
何故こんな所に居るのかすぐには判らなくて、記憶を辿る。
そして、思い出すと同時に、不思議な気持ちになった。


別に、死ぬつもりもなかったけれど、
目が覚めたことも、少し不思議だった。


左手を見ると、何の跡もなかった。
身体中のどこにも、痛みも感じなかった。


ふと、スネイプ教授の慌てた顔を思い出した。
何となく嬉しいような、可笑しいような気分になった。


窓の外を見ると、小雨がぱらぱらと落ちている。
偶然、マダム・ポンフリーが席を外していたのをいいことに、
私はそっとベッドを抜け出した。






校庭に出てみると、誰の姿も見えない。
雨も降り始めたし、もう、夕方の5時を回っているせいもあるのだろう。


雨が土に沁み込む、湿った匂いを、胸一杯に吸い込み、
目を閉じて、頬に当たる冷たい雫を心地良いものに感じた。


私は、この時間に降る雨が、好きだった。
灰色の空から落ちてくる雨が、どことなく、いとおしかった。


――不意に、雨が途切れた。


振り向くと、寮監が、傘を持って立っていた。
私は、その傘の下に居た。


4つの瞳がぶつかり合って静止したまま、
私は言葉を失っていた。


先に口を開いたのは、彼のほう。


「......風邪を引くぞ」


口調はそっけないものだったけれど、そこに怒りはなく、
むしろ、彼には不似合いな優しさが込められているようにすら感じられた。


「.....先生、怒ってないんですか?」


「何が」


「毒薬、」


「20点、減点しておいた」


「...........」


「...........」


「なんで、傘さしてくれるんですか?」


別に、どういう返事を期待していたわけでもなく訊いた問いに対する、
彼の返事は意外なものだった。


「.....我輩も、毒に惹かれたようだ」


思わず、彼の顔を見上げると、相変わらず眉間に皺を寄せていたけれど、
それは照れ隠しのようにも思えて、私はまた、嬉しくなった。


「...毒って、どんな毒ですか?」


彼はその問いに答える代わりに、ゆっくりと私と視線を合わせると、
静かに、唇を合わせた。






雨が、傘を打つ音が、遠くのもののように聞こえる。
その音は、あの砂の落ちる音よりも、
ずっと、心地良かった。


雨の夕方、傘の下で交わした口づけは、きれいな毒のように、心を狂わせた。


(2004.1)





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