濃い霧に包まれ、街はまだ眠りから覚める前の静寂の時間。 は窓から、白くなり始める東の空を、ぼんやりと眺めていた。 雑踏の反対側にあるこの部屋の窓からは、空がよく見渡せる。 無数の星が輝く夜空、真っ赤に染まる夕暮れの空、どんより曇って雨を降らせる灰色の空.... は、この部屋から毎日毎日、違う空を見ている。 時間ごと、分ごと、秒ごとに変わるこの大きな景色を、小さな部屋の窓から見渡すのが好きだった。 けれど、この乳白色の夜明けの空だけは、どうしても好きになれなかった。 暗闇から、少しずつ少しずつ、静かに光が広がっていくこの数分間。 街も、人も、動物も、木々や花々も、まだ眠っている。静寂に包まれた白い時間。 いつ頃からだろうか、が決まって、この時間には目を覚ますようになったのは。 音もなくベッドを抜け出して、窓をそっと開けると、昇っていく太陽を見ながら、物思いに耽る。 その表情は、どこか悲しく、痛々しい。 そういった心持ちにさせられるこの空は、にとっては、辛いものだった。 「・・・・・・・・」 は、目を伏せて溜息を吐くと、まだ眠っている恋人の居る隣の部屋へ視線を向けた。 昨夜遅く、約束の時間を2時間過ぎて、彼はやって来た。 来るという言葉を信じて待っていても、姿を現さない日が幾日も続いた。 ―― 今日、来なかったら、もう終わりにしよう ―― けれど、そう心に決めた、その日に、彼は見計らったように現れる。 そんなことが、もう何度あったか覚えていない。 悪びれたふうもなくやって来て、整った顔で微笑みながら、 「遅れてすまない。」 と、言葉だけで謝罪する。 は、そんな彼を見ると、ひっぱたいて、めちゃめちゃに罵倒してやりたい衝動にかられる。 しかし同時に、同じくらい強く、彼を愛しく思う気持ちで胸がいっぱいになる。 そして彼に抱き締められて、むせ返るような、深く甘い薫りに包まれてしまえば、到底離れること などできはしないのだと思い知らされる。 そんな自分が情けなくて、悲しくて、でも、彼を好きで好きでどうしようもなくて、 の視界が、涙で歪んだ。 「相変わらず、早起きだな。」 「?!」 眠っているとばかり思っていた恋人に、突然背後から抱き締められて、は思わず息を飲んだ。 「・・・・・ルシウス、起きてたの・・・?」 「それはまた・・・朝から、随分なご挨拶だ。」 慌てて振り向こうとするの動きを封じるように、腕に力を入れながらルシウスが微笑む。 そしてそのまま、の頬や首筋に愉しそうにキスを落としてゆく。 がどんなにそれを躱そうとしても、それは悪あがきにすらならない、無駄な抵抗だった。 「・・・っルシウス、もう、支度しないと・・・」 がやっと絞り出した抗議の声も、ルシウスは聞こえない振りで、が抵抗するのを 面白がるように、形の整った長い指先を彼女の身体に這わせ始める。 「・・・!ちょっと、ホントに、やめ・・・」 「・・・・止めろ?」 の口から出た「やめて」という拒否の言葉を聞いて、ルシウスは動きを止めた。 そしての両肩を強く掴むと、冷然と彼女を見下ろす。 「・・・誰に向かって、言っている?」 「・・・・・・・」 只でさえ、その一分の隙もなく整った容姿と、冷徹に冴え渡る蒼い瞳のために、威圧的な 空気を常に醸し出しているルシウスである。 は、黙って視線を逸らすことしかできなかった。 「お前に、そのような選択権は、ないはずだ。」 「・・・・・・・・・」 は、小さく溜息を吐いた。 そして、観念したかのように、強張らせていた身体をルシウスに委ね、その背に腕を回す。 ルシウスは満足げに微笑すると、今度は優しく、を抱き締めた。 「、お前は、この先もずっと、私だけのものだ。」 甘く響くルシウスの声を頭の片隅に聞きながら、は窓の外に目をやった。 乳白色だった空気はもう透明になり、遠くに見える木立が、風にそよいでいた。 (2004.1.11)
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