橋田歯科医院の特徴
「どんな歯科医院か」ということは、最初にこのサイトに訪れた方の最大の関心事だと思いますので、具体的に左の項目に分けて記載しました。

■ 当院の歴史(おまけ)
平成14年2月 五日市北口にて、廃院した楠田歯科医院の設備を利用して開業。
前医は病のため、しばらく休院していたので、患者数0の状態でスタートしました。
機材が古く、苦労しました。買ったものは根管長測定器くらい。
スタッフがパートさんばかりだったので、仕事を覚えてもらうのに苦労しました。
受付担当のスタッフはまだ学生でしたが、当院への就職を希望してくれました。
今ではリーダー的存在です。

平成15年3月
院長結婚。妻は大学病院の看護師です。結婚するまでは歯科医院の手伝いをしてもらっていましたが、以後は大学病院の研究職に専念してもらっています。
社会保険事務局の保険医新規指導、初めての確定申告、歯科医院の移転準備、結婚、住居の引越しと、かなり忙しい時期でした。
平成15年5月 廿日市の梶本歯科医院跡へ移転。
五日市駅前のテナントでは定期賃貸借だったので、移転せざるを得ませんでした。
機材はさらに古く、苦労しました。建物も登記されていないくらい、かなり古いものでした。
レントゲン室がなかったので、建築士をしていた叔父に頼んで工事をしてもらいました。
平成15年12月
床の張替えをしてきれいになりましたが、患者さんの反応はいまいちでした。
平成16年1月
玄関に手すりをつけました。お年寄りが靴の着脱に苦労していたので、手すりは大変喜ばれ、かなりよい反響でした。床をきれいにするより、こっちの方が大事なんだということに気づきました。このときの気づきが、現在の歯科医院を福祉条例適合施設にしようと決めたきっかけです。
平成16年夏
風速60mの台風に襲われ、40リットルの雨漏りがありました。漏電して次の日も診療ができませんでした。
平成17年8月
事情により、賃貸借契約を更改できなくなったので、急いで土地探しを始めました。
売りに出されていなくても、空き地を見つけて法務局に行き、土地所有者に相談して回りました。
平成17年11月
廿日市市所有だった現在地を一般競争入札で落札しました。
落札しなければ歯科医院を廃院するところだったので、ほっとしました。
平成18年1月
現在地で歯科医院建物の着工。
建築は友人が経営するアイレストホーム株式会社にお願いしました。
平成18年4月
当院ではじめて正社員として歯科衛生士さんが就職してくれました。新卒です。

レセプトを手書きで作成していましたが、東和ハイシステムの電子カルテを導入し、機械的単純作業の軽減をしました。
平成18年7月
現在の建物が完成しました。

平成18年9月
歯科助手のスタッフが就職してくれました。当初、短期雇用契約でした。彼女は大阪に行く予定でしたが、優秀だったので説得し、正社員になってもらいました。

また、往診担当の歯科衛生士さんがパートタイムで就職してくれました。
今は土曜日をのぞく午前中に来てもらっています。衛生士学校が2年制から、3,4年制へ移行しつつあり、歯科衛生士さんは求人してもなかなか応募がない状況でしたが、橋田歯科医院ではじめて歯科衛生士が2人になって感動しました。

平成18年12月
ついに3人目の歯科衛生士さんが就職してくれました。感動。

平成19年4月
当院ではじめての歯科技工士さんが就職してくれました。
技工用の機材を少しずつ増やしていきました。
平成19年11月
各診療台の前にモニターを設置。
デジタルパノラマ断層撮影装置を設置。
デジタルセファロ撮影装置を設置。
歯科用CTを設置。
歯科医院でCTを導入しているところは県内に10件もないくらいで歯科では珍しいものです。

平成20年3月
午後は人が足りないので消毒滅菌・準備片付け専門の歯科助手を2名採用しました。
パートさんですが、責任感が強く、賢いので安心しています。
平成20年4月
4人目の歯科衛生士さんが就職してくれました。
面接のときに、”この人は伸びる!”と感じさせられた安心感のある方です。
スタッフが増えたので、スタッフルームの増築工事を行いました。
工事はやはりアイレストホームです。
平成20年5月
混雑を解消するため、木曜日も診療を開始します。
平成21年1月
技工所が完成しました。建築はアイレストホームです。1階は工作所で2階は技工所と研修室です。
平成21年4月
新卒歯科衛生士と新卒歯科助手(受付担当の予定)を採用しました。
平成21年5月
各歯科用ユニット間にパーテーションを設けました。
