こうして、俺は摩耗した 〜性技の味方に至るまで・幼女編(後)〜
・さらに、鉄のょぅι゛ょの場合
かくかくしかじか、という最強の意思疎通呪文を使い、俺はこの身体に到るまでの話を、キャスターと葛木先生に大雑把に説明した。元に戻りたいこと、それが無理なら、追っ手を撒くためにラインをどうにかしたい事まで包み隠さず。
「えー、戻りたいの? 勿体無いわよ、坊や。……いえ、違うわね、お嬢ちゃん」
拗ねた様なキャスターに苦笑いする俺。
「なあ、キャスター。頼むよ。何か手段があるのなら教えてくれないか。他に頼める奴が居ないんだ……」
ちょっと前に閃いたスキルで、俺はキャスターに“お願い”した。うるうるとした瞳を上目遣いに。眉を泣きそうな感じの角度に寄せ。頬は軽く羞恥に染め。首を軽く傾げ。両手は祈るように組み合わせ。
「う、ま、まあ、確かに今の貴方をあのアーチャーがゲットしたら……危ないわね」
陶然と俺の姿を見つめて、はふぅ、と息を吐くキャスター
「だろ。本当に追い詰められてるんだ、俺。……駄目、かなぁ、やっぱり。キャスターなら何とかしてくれるんじゃないかって頼っちゃったけど、やっぱり無理だよな……。ごめんな、無茶なお願いしちゃって」
此処が勝負処だ。俺は本当に済まなさそうに、叱られた子犬が項垂れるように、視線を組み合わせた手に落とした。
「ついキャスターに甘えちまった。本当にごめん、新婚家庭にまで押しかけちゃって……」
「あーっ、もう! 宗一郎様っ、この娘拾っちゃいましょう!」
俺の様子にクラリと来たのか、ぎゅーっと俺を抱きしめて、頭にすりすりと頬擦りするキャスター。
「ね、ね。お嬢ちゃんも家の娘におなりなさい。ほら、どうせその姿だと今まで通りに生活出来ないでしょ? ね?」
「いや、ちょ、待っ、キャス……、お、落ち着い、ちょ!」
ばたばたする俺に、キャスターは腕の力を緩めてくれる。
「だから、今はそういう話じゃないんだって」
やべぇ、やりすぎたかも、とか内心焦る俺。そんな俺をわさわさと撫でくり回すキャスター。ペットの犬とか猫の気持ちが何となく分かる気がする。
「でもねえ、私じゃ体の方の解呪は無理よ……多分。もし失敗して一生そのままでも良いのなら試してみても良いけど」
「……そっか」
俺はがっくりと肩を落としてしまった。今の様子を見たところ、キャスターは、まず間違いなく失敗するだろう、それも故意に。俺をこの姿のままでいさせるために。
どんよりとした空気を纏った俺を見かねてか、慰めるように俺の頭を撫でながら、キャスターが口を開いた。
「ま、まあ、そんなに落ち込まなくても良いわ。アーチャーとの契約くらいなら……切れるわよ」
「ぜひ頼む!」
シークタイムゼロセコンド。耳から入った情報を、脳を介さず脊髄反射だけで返答する。考えるまでもない。このままだと衛宮士郎はょぅι゛ょの体を抱えたまま、野良牝狼たちに美味しく頂かれてしまうだろう。
俺の真剣な顔に、ニィッっと嗤う魔女。
「あら。でも分かってるのかしらお嬢ちゃん。魔術の基本は等価交換でしょ……」
「……分かってる。あ、でもキャスターの家の娘になれってのはパスな。俺は元の俺に戻ることを諦めてないから」
野郎の俺はお呼びじゃないだろ、お前。
「チッ……、じ、じゃあ、もし元に戻れなかったら……その時は考えておいてくれるかしら?」
「……約束は出来ないけど。考えておくくらいなら……」
不承不承頷く俺。そんな俺に、
「キャーッ、宗一郎様っ。これはっ、私達夫婦に世界が子供を恵んでくれたに違いありませんっ!」
などと心底喜ぶキャスター。駄目だ……、どうもこの姿だとょぅι゛ょ補正のお陰で、ふてようが怒ろうが泣きわめこうが不機嫌そうだろうが寝てようが飯喰ってようが何してても、微笑ましく感じられてしまうらしい。恐るべし、クラス“ょぅι゛ょ”。
「な! ち、違うだろキャスターっ! って、葛木せんせも重々しく頷いてんなーっ!」
「違うでしょ! ママとパパでしょー」
「話を聞けーーーーーーーっ!」
怒鳴りすぎて喉が痛い。
とりあえず、引きつった笑みを浮かべながら、青いシートを背景に、俺はポーズを取っていた。
「違うわ、もっとこう……首を傾げて。両手は……そうね、後ろ手の方が映えるわね」
「なあ、キャスター……後何着?」
「そうね……、後6着かしら。半分切ってるんだから我慢しなさい」
キャスターの手には超糞高いデジカメ。その横には複数立て付けられた三脚に乗る一眼レフ。
「ちょっと、アサシン! もうちょっと角度合わせて! よし、OK。撮るわよ〜」
トホホな顔でレフ版を持つ和服のロン毛。アサシンである。
アーチャーとの契約破棄への代償。それがこの、フリル満載ファッションショー・撮影付きin柳洞寺だった。当初50着以上在った服飾を15着まで値切ったのは正解だった。一着毎に靴や鞄、帽子などの小物だけでなく、下着まで指定されているのだから。
それにしても、僅か数瞬でこの簡易スタジオを造り上げるとは、さすがキャスター。陣地作成スキルは伊達では無い、のかなぁ……?
俺の左手の令呪は、すでに色を失っている。キャスターの手にした奇妙な短剣にちくちくと突かれたら色を失ってしまった。どうやら、これで奴との契約は切れたらしい。このまま大人しく消滅してくれ……る訳ないよなぁ……。
「なあ、本当にこんな事してて大丈夫なのか?」
布を巡らせて作られた簡易更衣室(ストーブ完備)で着ていた服を脱ぎながら、俺はうきうきと動いているキャスターに尋ねた。
「はい、次はこれに着替えてね〜。……心配性ねぇ。使い魔を飛ばしてあるから、動きがあればすぐ分かるわ。みんな冬木の教会から動いてないわよ。……何してるのかしらね」
簡易更衣室に頭を突っ込んで、俺に次の服を渡しながらのキャスターの返事。次は黒のワンピースか。えっと、レースの装飾が多すぎてどうなってるのか分からないぞ、これ。
「ま、あの連中の事だし、どうしようもない事で揉めてるんじゃないかな。……これってどう着るんだ?」
「ああ、ボタンが背中側に来るの。……こうして、こう。ああ……やっぱり女の子は良いわぁ」
「あのな、キャスター……」
「分かってるわよ。考えておくってだけでしょ。でも、夢を見るくらいなら良いでしょう? この身はサーヴァント。子供が出来る何て事は有り得ないんだし……ね?」
「あ……その、悪い……」
俺は罪悪感に顔を曇らせた。そうだ。キャスターは……すでに終わっている“亡霊”なんだった。本質は霊体。実体化しているとはいえ……。
「ほら。今は女の子なんだから、そんな顔をしないの。……宗一郎様との生活は幸せよ。幸せすぎて、ちょっと欲張りになってるだけ。だから夢を見てしまうのね。貴女が気に病む必要はないし、同情する必要もないわ」
キャスターはぽん、と黒い鍔広の帽子を俺の頭に乗せた。そして少し身を屈めて、俺と視線の高さを合わせる。
「だから笑ってなさい。折角楽しんで撮影してるんだから、もうちょっと楽しませてもらわなくっちゃ」
「……ああ。悪い」
俺はにっこりと笑った。今キャスターにしてやれる事が他には無いから。
「あれ、そう言えば葛木先生は?」
さっきまで撮影を見物していたのに、気が付いたら居なくなっていた。どっか出掛けたんだろうか。
「宗一郎様なら役所に書類を貰いにいったわよ」
役所に書類……って住民票とかそう言う奴か。確か婚姻届とか、後……後……あ!
「そ、そっか。役所に書類を、ね」
「そう、役所に書類を、ね」
……は、はは。まさか養子縁組の書類だったりして、な。
「これで終わり……だな?」
ふ、ふふふ。15着クリアー。今来ているのはとんでもなく豪奢この上ない赤のワンピース。てか、これはワンピースで良いのか? 幾層にも重ねられたレース地、細やかな刺繍、何処のお姫様だよ、これ。同色の帽子にもリボンというかフリルというか、何、これ?
「ええ、お疲れ様。その服は進呈するわ。○学校の制服よりは良いでしょう?」
「いや、どうだろう?」
俺的にはこっちの方がNGなんだが……。
「……あっちも動き出したわよ。今、教会を出た処みたいね。管理者達も一緒だから徒歩で来るみたいよ」
あっちというのは、当然あの狩猟者達の事だろう。
「そっか。……じゃ移動しなきゃな」
「……貴女が望むのなら匿ってあげるわよ?」
「そこまで迷惑はかけられない。それに……」
俺は簡易スタジオから足を踏み出した。
「この異常な茶番を何とかしなくちゃ、な」
「……そう。貴女はそれを望むのね」
「ああ、だって異常ってのは何時までも続いてて良いモノじゃないだろ?」
俺はキャスターの側まで歩いていった。ちょうど俺の胸の付近にあるキャスターの腰に、キュッと両手を回して抱きしめる。
「ありがとう、キャスター。もし元に戻れそうでも、可能なら一回はこの姿を見せに来るから。……ごめんな、子供になってあげられなくって」
「! 坊や……」
俺の台詞に言葉を詰まらせ……そしてキャスターの腕が一回だけ俺の背中を抱きしめた。そしてその手はゆっくりと肩に置かれ、それの体を引き離す。
「さ、もうお行きなさいな。……気を付けてね」
「ああ、行ってくる!」
そうして、俺はキャスターに背を向けて走り出した。
奴らが動いている今、衛宮邸は安全地帯ではあるまい。この異常について少しでも情報を握ってそうなのは……後は銀のょぅι゛ょ、もとい、イリヤスフィールか。確か柳洞寺の裏手の山から入っていけばアインツベルンの森に抜けられる……筈、地図上では!
「わーい、この格好で山歩きか!」
とか言いながら俺は、山道へと突入した。
「まったく、問題だらけだ。どうやって解決しろっていうんだ。大体、生身でサーヴァント相手なんて体が幾つあっても足りないだろ! せめてもうちょっと頼りになるサーヴァントでも居れば……」