我は触れる





カレン・オルテンシアは退屈していた。
彼女とて元々、清貧、高潔、従順を以て為す修道女。退屈などと言った感情は生まれたときから身近に存在し続けている。いや、むしろ彼女にとってはその特異な成り立ち故、退屈である状況こそが普通である筈であった。――今までは。
「しかし――ここ最近は刺激が多すぎました」
この極島の島国の、その一地方都市において、まさかこれほどまでに刺激的な日常をおくることになろうとは。
個性的な人格達との日常はめまぐるしく動き続け、彼女もそれに引きずられるように慌ただしい日々を過ごし……そんな日々の合間にぽっかりと空いた一時。
以前の彼女であれば慣れ親しんだそんな空白の時間が、今の彼女にはちょっとだけ居心地が悪かった。ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ感じる寂寥感。
「――少し、毒されましたか……」
呆としていても埒があかないのは分かっていたので、彼女はとりあえず重い体を動かして、やることを探しに教会内をうろつくことにした。

「……? 何ですか、これは?」
居住区にある小さな台所、その食卓の上に置かれた、なぜか見覚えのある古びた青い小瓶。
なんとなく興味をそそられた彼女は、それを手にとってしげしげと観察した。
陶器製なのだろうか。時代がかった暈けた青色に染まった、手のひらにすっぽり収まるその小瓶はスベスベとした手触りを伝えてくる。持ち上げた感じから、中には何かの液体が入っているみたいだった。
「蓋は……封印付きですか」
封印と言っても魔術的なモノではなく、紙の帯を貼り付けて蓋を押さえているだけのものだが。
「さて……私にはこのようなものを所持していたという記憶は無いのですが」
となると持ち主は彼女以外という結論になる。彼女は、自身の二体の使い魔の顔を思い浮かべた。
「……アーチャーでしょうね」
簡単に結論が出た。
――いや、違う。そもそもカレンには、これがアーチャー、太古の英雄王ギルガメッシュのものであるという確信が在った。そう、大体疑問に思うことがおかしい。彼女は、この瓶の中身が何であるのか識っているのだから。
ニィ、とカレンの頬が笑みを形作る。
「そう、そうですね。これは……面白いものでした」
そうして、彼女はとりあえず一度自室へと戻ることにした。





「おっかしいなぁ、どこに置いたんだっけ……」
台所へ戻る途中にカレンは、きょろきょろと廊下を歩く金髪の子供と遭遇した。愛らしい姿、気品の在る物腰。コレが将来アレになるとは、原生生物から人間までの進化の過程などよりよっぽど不思議なものですね、もっとも、どちらにしたところで私の道具には変わり有りませんが――そう結論付けると、カレンはその少年に声を掛けた。
「おやアーチャー。何か捜し物ですか?」
「あ、カレンさん。――いえ、別に何も探してませんよ、ええ」
彼女の姿に、一瞬だけ眼を泳がせた子供――ギルガメッシュは、それでも素早く表情を取り繕い、いつも通りの人の良い笑みを形作った。彼は、自分のマスターであるカレン・オルテンシアには決して困っている姿を見せてはならないことを身に染みて理解していた。慈愛を説く修道女である彼女の趣味が、他者の傷口を突くことであるという事を、もう一人の彼女の奴隷とともに嫌と言うほど味合わされているのだから。
「……そうですか」
「そんなことよりお出掛けですか。昼間っからそんな……履いてない格好で出歩くと警察か医者を呼ばれてしまいますよ?」
「失礼ね、人を痴女みたいに。これはただ実験のために着てきただけ」
「なら別に良いんですけど。……実験?」
「ええ、本当はコレだけでも良いのですが、気分の問題です」
カレンはそう言いながら、手にした布をギルガメッシュに示した。折りたたまれたソレはマグダラの聖骸布。相手を拘束することに特化した魔術礼装。こと相手が男性ならその束縛を破ることは不可能。
「……はぁ。で、それをどうするのです?」
興味を持ったのか、首を傾げて自分を見るギルガメッシュにカレンはにんまりと笑う。うっわー、聞くんじゃなかったなー、と思いつつも引きつった笑いを返すギルガメッシュ。
台所に入った二人。そしてカレンはおもむろに食卓の上の青い小瓶を手に取り――
「あー! そんなところに……」
そのまま封をちぎって蓋を開けて――
「って、カレンさん。何やってるんで――」
中身を半分ほど、その聖骸布へとぶちまけた。
「あーあーあーあーあー! ちょ、マスター。それ、一応人間用の秘薬ですから布なんかにかけちゃ駄目ですって。じゃなくって、人のものを勝手に使うのってどうでしょう? というか、それが何なのか解っててそういうことしてるん、で、す……あれ?」
うにうにと、微妙な感じで動き出した聖骸布に、ギルガメッシュは眼を丸くした。
「……なにか?」
「あー、もう。言いたいことは沢山あるんですけど何から言えばいいのやら……もういいです。性格破綻者にまともな会話を期待する方が間違いでした」
とほほとばかりにうなだれるギルガメッシュを尻目に、自身に反抗的な動きをする聖骸布をあやすかのように折りたたむカレン。
「しかしこのままでは私には使えませんね。やはり私もこれを飲まなければいけませんか……」
「……止めましょうカレンさん。洒落じゃすまなくなりますから」
「なんでしたら貴方も飲みますか。ちょうどこれの実験台が欲しいところですし……」
ギルガメッシュは、カレンの手の中で震える赤い禍々しい布切れを見て、ぶんぶんと全力で首を振った。
「嫌だなぁカレンさん。……勘弁して下さい。ソレは差し上げますから」
「聞き分けの言い仔は良いですね……まぁ、貴方相手も飽きましたし……」
「はい?」
「いえ、こちらの話です」
考え込むかのように小首を傾げるカレン。
「ギルガメッシュ。ちょっと相談なのですが……」

「……カレンさん、本気ですか? いえ、それより正気ですか?」
「失礼ね。私は至って正気です。あまりグダグダ言うなら貴方で試しても良いのですよ」
「いえ、電話します……」
ギルガメッシュは自分が被害者ではない幸運と、性格の捻くり曲がっている加害者の片棒を担ぐ不運を噛みしめながら、ターゲットを呼び出すため携帯電話を取り出した。





眼が覚めたら地下室だった。
「……なんでさ?」
ぽつりと呟く衛宮士郎。現在、冬木市で最も運が悪く、おそらく数分後には全世界で最も運が悪い人間の名前である。
「寒!」
ぶるりと震える体を抱きしめる。……服は脱がされており、どういう訳か申し訳程度に体に赤い布切れが巻き付けられているだけだった。闇の中に透かし見える肌にはどこか見覚えのあるラクガキがびっしりと書き込まれていた。
「……って、このラクガキはカレンか、それともバゼットか」
室内をぐるりと見渡して、此処が教会の地下であることを確認する。つまりカレンか、電話はギルガメッシュ(子)だったしなー、と衛宮士郎は犯人を確定した。とはいえ、その犯人と共犯者の姿は無い。
士郎の記憶に、先日来ているものを全て剥かれて、同じようなラクガキを体中にされた屈辱が蘇った。あのときは腰布だけだったが、どうも今回、地下室に放置するにあたっては、寒さ対策だろうか、一応胸部にも申し訳程度に布が巻き付けられていた。
「ま、無いよりはまだましだよな」
とりあえず胸の布に違和感を感じるので位置を直そうと、士郎の手が布を掴み……。
「……?」
手のひらに伝わるふにょんとした柔らかさに首を傾げた。
「……えっと」
ふにょんふにょんつんつんもふもふぎゅっぎゅっ。
「…………」
そろそろと士郎は腰布の方に手を伸ばした。
「……」
平らな丘陵の手応え。そこにでっぱりというか突起というか砲台というか剣というか、ぶっちゃけ彼が慣れ親しんできた暴れん坊の存在が……無かった。
「は、はは。あはははは」
なんかやけくそな気分で笑う士郎の耳に、階段の上から柔らかい声がかけられる。
「あ、起きたんですねお兄さん……って言っていいのかな、それともお姉さん?」
「あー、ギルガメッシュ。……これはお前のせいか?」
「……お姉さんの体に起こったこと、ならボクの所持している財のせいですけど、お兄さんをお姉さんにしたのはボクの意志の及ぶところではありません。えっと、一応止めようとはしたんですよ?」
すまなさそうなギルガメッシュの声。
「それは一晩くらいすれば元に戻りますから安心してください。後……」
心底からの哀れみの響きを伴って下りてくる声。
「これからお姉さんに何が起こるのか知りませんけど……まず間違いなくロクでもないことだと思います。本当は逃がして差し上げたいんですけど、お姉さんを逃がしちゃったら矛先がボクの方に向いちゃいそうなんで諦めちゃってください。えっと、頑張って下さいね」
心のこもった励まし。
階段の上の気配が消える。そうして、生け贄の羊は一人、地下室に取り残された。
「……」
ごくり、と士郎の喉がなった。出口は階段を登った先、そしてその先には……良くないモノが居る。
物音を立てないように士郎は階段を登り、出口からそっと顔を覗かせる。左右確認。誰も居ないことに安堵の溜息を吐きつつ、元彼であった彼女はこそこそと、教会の出口である礼拝堂への扉を開いた。

「ようこそ、神の家へ、衛宮マユ子――」

士郎は速攻で扉を閉めた。
中にいたのはカレン・オルテンシア……に似た別のモノだった。
銀の髪、病的に白い肌、金の瞳。
何時かの夜、何処かの場所で見た記憶の有る、履いてない服。その身に羽衣のように纏う赤い聖骸布。
そこまでは良い。そこまでは良かった。
士郎は思い出すのを拒否する脳を説得して、今見たモノを思い出す。履いてない部分から覗く生足と白い三角の布地。

生足に毛羽だったかのように生えるスネ毛と。
三角の布地の中央にもっこりともりあがるパーツを。

「いきなり閉めるとは良い根性ですね、衛宮マユ子」
内側から開かれた扉からぬっと顔を出す美少年……ただしどう見ても夜道で会いたくない類の格好の。
「あー、カレン、だよな?」
「ええ」
「色々聞きたいこととかは在るんだけど。とりあえず、衛宮マユ子って何さ?」
「気にしないで下さい。女性の貴方を士郎と呼ぶのも問題がありそうでしたので――」
無表情に淡々と話すカレン。その姿は(変態だけど)いつものカレンを彷彿とさせる。
「でさ。何でソレ、使えるの?」
士郎の指が彼の身に纏われた赤い布を指し示した。
「確かそれ、女性限定礼装だろ? 対男性に大きな効果のある拘束礼装――だよな?」
「ええ、ですから――私たちと同様に、ギルガメッシュの秘薬を振りかけてみました。今のこれは、男性限定礼装で、対女性に効果が在ります」
「……ほうほう。で、誰に使う気、なの、かなー?」
じりじりと後ろに下がりながら士郎は口を開いた。その問いに、カレンは頬を染めて眼を瞑った。
「それはもう――――」
眼を瞑ったカレンに、チャンスと飛び下がる士郎に向かって赤い羽衣が奔る。

「我は触れる(えろ・に・つんでれ)」

ぐりんぐりんと士郎を簀巻きにする赤い布切れ。
「ンームーンー(はーなーせー)」
「早漏駄犬に正しい閨事の作法を叩き込もうかと。ええ、決して乱暴にされた意趣返しなどではありませんから」
「プハッ、いやちょっと待て。突っ込みどころが多いが、そんな記憶は――記憶は――あれ?」
士郎の記憶にフラッシュバックする、身に覚えがないカレンの嬌態。
「……ひゃ!」
思考に入り込みそうになった士郎の背を、まるで指が這うかのような感触が奔った。
「な、な、何?」
カレンは士郎から離れたところに立ったままにんまりと彼女を見守っている。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ、にゃ!」
さわり、さわりと全身を這い回る感触。幾本幾十本の手に愛撫されるように全身を撫で回される。
「マグダラの聖骸布は、持ち主に触れることが出来ぬように相手を拘束します。その機能が逆転したため――」
ざわり、と一斉に士郎の体を拘束していた性害布が蠢いた。
「いにゃにゃにゃ!」
「この性害布は私の手の延長として相手を責められるのです。……む、私より大きいのですね」
「にゃ、は、は、く、くすぐ、った、ひゃ! や、止め、ひゃ!」
「言ったはずです、早漏駄犬に正しい閨事の作法を叩き込む、と。とりあえず二桁くらいは繰り返すとしましょうか」
そう言うと、カレンはいそいそと履いてない部分の三角の布を脱ぎ、さらに履いていなくなった。
そのまま士郎の側に正座すると、パン、と両手を打ち鳴らした。
「頂きます」
「い、いにゃーーーーーーーーー!」




















「………………アッ」






















「ご馳走様でした」
士郎をさんざん食い散らかした後、パン、と両手をならしてカレンは深々と頭を下げた。
目の前にはどろどろになって放心している衛宮士郎の燃え滓。
そのあまりに悲惨と言えば悲惨な姿に、カレンの嗜虐心が刺激された。
「……デザートがまだでしたね、それでは――」
そうして再びカレンは士郎の体にのし掛かり――――――。

















カレン・オルテンシアは眼を覚ました。
あまりの退屈さに少々うたた寝をしていたらしい。なにか愉快な夢を見ていた記憶があるが、彼女の脳裏からソレは抜け落ちてしまっていた。
「……やれやれ、退屈ですね」
寝起きの呆とした頭のまま、私室を抜け出し、水でも飲もうかと歩き出した。
「まったく、退屈だと考えるとは堕落ですね」
そうして、カレンは小さな台所に入り、
食卓の上に置かれた見覚えのある古びた青い小瓶を発見する。


――――それは約束の6時間。





・後書き

もずの人より貰ってきたお題による三題噺。ちなみにお題は「カレン(♂)」「性害布」「ギル子orマユ子」でした。思いついた中で電波度最大のモノを、との事でしたのでこういうオチに。わーい、頭悪いぞー。でもこういうのは好きです。このお題だとどうやってもエロが入る辺り、さすがとしか言いようがありません。しっかし、「カレン(♂)」は文にしてもえぐいなぁ。というわけで、こんな感じになりました。

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