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「ご旅行ですか?」
電車に揺られ、ぼんやりと外の風景を見ていた青年は、唐突にかけられた声に我に返った。
「……あ、いえ」
何時から居たのだろう。いつの間にか其処に座っていた彼女。
その深い深い深い深い深い――深淵を覗き込むような虚ろな瞳と眼が合った瞬間、青年の脳裏からそんな疑問は消え失せていた。
そう、彼女は彼がこの電車に乗ったときから――相席だったのだから。
眼鏡をかけた、理知的で落ち着いた雰囲気の彼女の人懐っこい笑みに、ついつい彼も笑みを返した。
「いとこの――家に行くんですよ。隆山。知ってます?」
「ええ、知ってますよ。温泉地の、ですよね。私もそうなんですよ」
「ご旅行ですか」
「はい、隆山温泉に。鶴来屋さんっておっきな旅館に泊まるんです」
本当に楽しみな感じの笑み。
「ああ、確かに鶴来屋は隆山で一番大きな旅館ですからね」
「あ、ご存じなんですか」
その問いに青年は苦笑してしまう。ご存じも何も、そこは自分の父親の実家なのだから。
「楽しみですねー、本当に。あ、でも……」
ふと思いついたかのように、彼女は彼に尋ねてきた。
「隆山に、美味しいカレー屋さんは有りますかね?」
その後、ついつい青年はその女性と世間話に花を咲かせてしまう。聞き上手な彼女のせいか、彼は隆山が自分の父親の実家であること、その父が先月その隆山で亡くなったこと、父親とは長い間連絡を取り合わなかったこと、父の四十九日までは隆山に居ようと思うことなどを話してしまっていた。
そうこうしているうちに、電車は隆山へと辿り着き、二人の最初の邂逅は此処で終わる。
「それじゃ、良いご旅行を。えっと……」
「シエル、です。お話に付き合って頂いてありがとうございました。――――柏木、耕一さん」
罪と咎/未だ届かぬ痕(大嘘予告)
青年、柏木耕一が見る奇妙な夢。ひたすらに朝を待ち続ける悪夢。
奇妙な現実感を伴ったその夢は、やがて夜の街で人間を狩ろうとするモノへと変質してしまう。
自身では止めることも出来ず、ただ悪夢を見ることしか出来ない耕一。
その悪夢が、いとこの後輩を巻き込みそうになった時。
「……そこまでにしておけよ、化け物(フリークス)」
声と共に飛来した矢が、悪夢の中での彼の腕を貫いた。
視線の先、黒い弓を構えて立つ少年。鷹のように鋭い眼は暗い色を宿しながら彼を見据えている。
弓を投げ捨てた少年は、徒手空拳のまま、彼へ向かって突進する。
「――投影、開始」
「……これは柏木の家の問題です。他家の手を借りるつもりは有りません」
『――そう、ですか』
「……はい。その辺りは承知しております。もし、もし私が死んだなら――、後の処理を押しつけることになってしまいます。その時は、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
『それが貴女の当主としての覚悟なのですね、柏木――千鶴さん?』
「ええ。遠野に迷惑はかけたくはないのですが。もしもの時は遠野の本家に。――久我峰様」
夜の街を彷徨う耕一は、夢で見た少年と出会う。
「君は――」
「? 貴方は?」
いきなりかけられた声に戸惑う赤毛の少年。
「その少年から離れてください、耕一さん」
街灯の上、月光を背に立つカソック姿。その手には複数の剣が月の光を反射して煌めいている。
あの人は……電車の中の記憶が耕一の脳裏に浮かぶ。
「化け物退治の予定でしたが。……このような街に何の用です、魔術師?」
「――俺は、魔術師なんかじゃない。只の――魔術使いだ」
少年の手にどこからともなく現れる黒白の二刀。その剣に眼を細める聖職者。
「……噂を、聞いたことが有ります。冬木で行われた大魔術の勝利者にして聖杯を破壊した愚者の噂を。ただ勝つためにあらゆる手段を取った殺人者。もう一度聞きます。この街に何の用です、衛宮――士郎」
「やはり――あの化け物は耕一さんじゃなかったのか」
「今はそういう話をする時じゃないでしょう。あの少女達を、助けなければ」
「……ああ。今度こそ、今度こそ俺は――助けてみせる!」
自分のいとこを助けるために大怪我を負った耕一と。
彼を助けようと、身を挺して庇う少女達の姿が。
今の衛宮士郎には眩しかった。
『……桜』
一瞬だけ、護れなかった大切な笑顔が脳裏に過ぎる。
まだ癒えぬ痕は、今も彼の心に痛みを残す。
それでも。
そう、それでも。
「あの戦闘能力と再生能力はいささかキツイ。何か手段は?」
「……ある。シエルさん、頼みがある。少しだけ時間を――稼げないか?」
「きっついですねー。ま、良いでしょう。見せて貰いましょう。あの聖杯戦争の勝者の実力を」
足を止めた彼を抜き、化け物へと突進するシエル。
その彼女を見送り、衛宮士郎は精神を自身の内へと埋没させる。
「I am the bone of my sword.」
体は剣で出来ている。
大嘘予告編。結構、違和感なく繋がりそうな感じはします。元ネタはリーフの痕。
鋼の心エンド士郎と、アルクハッピールートシエル、そして痕キャラによる“傷心を癒され隊”メンバーなお話ということで。
とはいえ話のスパンが短いのと、痕キャラが型月キャラに比べると若干アクが弱いので、構成を考えないと痕踏み台になってしまう恐れがありそうです。
最後の〆はやっぱりUBWでないと。某クロス大御所のネギまクロスばりに。
・チラシの裏
実はこれ書いた頃実際書こうかと結構詳細なプロットまであったりします。そういえばまたリニューアルしたらしいですね「痕」。はい、一番初期のWin版のが一番好きデスとも、ええ。