こうして、俺は摩耗した 〜性技の味方に至るまで・錯綜編〜






朝食を取りながら、金色ょぅι゛ょ……えっと、遠坂曰く、人類最古の英雄ギルガメッシュ……だったっけ? 長いな、ギル子でいいや、そのギル子から色々と情報を聞き出す遠坂達。
「で、どうして10年前に召喚された貴方が今だ現界しているのですか、英雄王?」
「おまえのせいだろう、騎士王。あの時、おまえの破壊した聖杯から流れ出した中身を我は浴びた。その結果、このように受肉して、別段聖杯のバックアップが無くとも現界していられるようになったわけだ」
ギル子の言葉に場が沈黙した。
「……ち、ちょっと待って。聖杯の中身を浴びると、サーヴァントは受肉するというの? 拙いわね。……士郎! アンタ絶対にアーチャーを聖杯に近づけるんじゃないわよ! どんな悪性廃棄物が爆誕するのか、考えるだけ恐ろしいわ」
「ええ、マスター無しで現界できるアーチャーなど、狂犬の群を街中に放つよりも質が悪い。いざとなったらシロウを処理して止めようとしても意味がないではないですか!」
遠坂、お前の意見には賛成する。そしてセイバー、……処理って? 処理って! そんなことを考えていたのか、お前……後で覚えていろよ。
「失礼だな、君達。安心したまえ、私は受肉になど興味がない。再びの生になど意味がない。私は、――私の願いの一つは叶い、そしてもう一つは絶対に叶わない。すでに七人揃ってしまったからな。まさか凛がセイバーを呼び出すとは誤算だった」
軽く肩を竦めて、遠くを眺めるようなアーチャー。その姿は珍しく真面目で、まさに英霊の風格満点だった。こんなのアーチャーじゃないなぁ、と結構失礼かもしれない感想を抱いたほどに。
「アーチャーさんは……聖杯に願う願いは無いのですか?」
そんなアーチャーの姿に、おずおずと桜が尋ねる。
「無いな。だいたいアレはもはや願いを叶える万能の杯等ではないのだからな。ふん、実に……いや、アレがこのまま放置されれば中身が活動しだすかもしれんな。そうなれば抑止が動く、か? なら、もしかすると……いやいや、意味のない希望だな、さて……」
桜の質問に答えるアーチャーの言葉は後半自身への呟きに変わり、そのまま奴は何かを思案しだした。その姿と、意味深な台詞に全員が疑問を浮かべる。
「――詐欺師。貴様……何を知っている?」
ギル子がスプーンを停止させ、鋭い眼でアーチャーを睨め付ける。他の面々もアーチャーに注視していた。そう、コイツは何かを知っている。とても重要な何かを。
「ふん、そうか。君はアレの中身を浴びているのだったな、ょぅι゛ょ。なら君も識ったのだろう? アレはすでに聖なる杯などでは無いことに。中におかしなモノが巣くってしまっているのだからな。だからこそ活動しないように燃料の投下を阻止していたのだが……さて、どうしたものかな」
「……燃料って、どういう事よ、アーチャー?」
当然の疑問を遠坂が口にする。そう、今のアーチャーの台詞は……この茶番の根本を示している。
「鈍いな、凛。何故この聖杯戦争でサーヴァントを喚ぶ必要があるのか考えてみたことは無いのかね? 別段戦闘するだけなら我々のような存在は絶対必要という訳ではないだろう? 聖杯に触れれるのがサーヴァントだけというのなら、最後の一人になってから召喚しても良いはずだ。それなのに何故この聖杯戦争にサーヴァントとして英霊を召喚するという手順を組み込んだのか……それも七騎」
「……」
遠坂の瞳が揺らいだ。桜は何故か俯いてしまっている。
「ふ、気が付いたか。そうだ、我々は聖杯の中身を充たすための燃料だ。英霊という高純度の魔力の塊、それが六騎分。我らを殺し合わせ、その敗北者で杯を満たすことで聖杯は完成する。しかし、普通なら無色であるはずのその強大な魔力は、今現在、聖杯の中に巣くうナニカのせいで汚染されてしまっている。解き放たれたら……今度は10年前の惨劇程度では済むまい。まぁ、その辺はどうでも良いな。現時点で聖杯に燃料は流れ込んで居ない。そのまま燃料切れを待つなり、中のモノを処理するなりすれば良いだけだ。むしろとりあえずの問題は、他のサーヴァントの動きを押さえることだろうな」
「そっか、彼らが戦って、その決着がついてしまえば、汚染された聖杯に燃料が注がれる……」
「まあ、そういうことだ。聖杯が何に汚染されているのかまでは分からないが、ね」
アーチャーの台詞に考え込む遠坂。
「とりあえず問題なのはバーサーカーとランサーかしら。動向が今一不明なのはその二体だけだし」
「まあ、イリヤスフィールの方には鈴(生贄)を付けておいた(捧げておいた)し、そうそうおかしな事にはなるまい」
「あ、あのぅ」
ふと、桜がおずおずと挙手をした。
「今気が付いたんですけど、ライダーが居ないんですが?」
「……」
「……」
「……」
一瞬だけ俺とアーチャーの視線が交錯する。
『画像の回収は?』
『まだだ』
『なら誤魔化せ!』
『OKだ、マスター』
素早いアイコンタクト。眼と眼で通じ合う、これぞジャスティスコンビネーション。
「ああ、安心したまえ、桜。彼女はちょっとした用事で動いて貰っている。マスターの君の許可を取るべきだったね。すまない」
「あ、いえ。ちょっと心配しただけですから。アーチャーさんの用事でしたら安心です」
「ああ、大丈夫だとも。今頃は素敵な建物の豪華な部屋で語り尽くせぬくらいの歓待を受けているだろうさ」
……ま、嘘は言ってないな、嘘は。薄々感づいていそうな遠坂が、微妙にアレな視線でアーチャーを眺め見ている。
「バーサーカーはともかく、ランサーのマスターが分からないのが痛いわね」
顎に手を当てて考え込む遠坂。
「む? あの畜生なら、我のマスターが支配しているぞ」
俺達の会議を尻目に、ご機嫌に食後のプリンをぱくついていたギル子が平然と口を開いた。
「……へ?」
「だから、我のマスターが、奴のマスターから令呪を腕ごとぶんどってランサーを支配したのだ。奴は今、言峰の支配下にある。最も、あの様子では役にはたたんだろうが」
自分の分を食べ終えたギル子は、当然とばかりに遠坂のプリンに手を伸ばし、封を開けた。そしてご機嫌でスプーンを動かし始める。
「ち、ちょっと待って」
「うむ、献上を許す。気にするな」
「いや、そうじゃないわ。プリンくらいならあげるから。今、貴方なんて言った?」
「献上を許す、と言ったが」
「その前よ」
「ランサーか?」
「そう、そのマスターが貴方のマスターって言ったわね。で、その後、マスターの名前は?」
「うむ、言峰だ」
……脳裏に浮かぶのはもじゃもじゃ頭の長身の神父。たしか聖杯戦争の管理者とかなんとか。確か遠坂の後見人でもあるとか言ってたような?
「つまり、アレが真性炉利魂だった、と。……わ、私アブナイところだったのね……」
冷や汗をかきつつ、顔を青くしながら安堵の吐息を漏らす遠坂に、ギル子が何気ない言葉でトドメを刺した。
「? そういえばお前はリンとか呼ばれてるようだな。今思い出したのだが、言峰の書斎に『凛たん成長記録・私家版』と書かれた書物が1巻から26巻まで在ったのだが、あれはお前の事か?」
雑種風情が作るにしてはなかなか豪奢な製本で金箔エンボス化工装丁、中はフルカラー写真集だったようだが、と続けるギル子の言葉に、遠坂の顔色は青を通り越して白く染まった。
「……マヂ?」
「あらあら、姉さんも大変ですね。変態な後見人をお持ちだと」
くつくつと楽しそうに笑う桜を涙目で遠坂が睨み付ける。
「お前は間桐の猿爺の孫娘か……。そういえばおまえの爺の未発表のコレクションを言峰が待ち望んでいるらしいが? 最近教会にも顔を出さんようだし」
「コレクション、ですか?」
ギル子の台詞に桜は首を傾げている。
「我にはよく分からんがびでおてーぷとかいう黒い箱のことだ。言峰がおまえの爺からコレクションを譲り受けたとか喜んでいたが? なんとも同好の志とかなんとか」
「は、はぁ……」
「確か『地下室の秘め事。青い果実の禁断の蟲籠遊戯』とか書かれていたか? 他にも『さくら○○才の冒険』とか『蟲金グッ(good)!』とか。なんとも間桐映像(有)とか裏レーベルで熟女からょぅι゛ょまで幅広いラインナップで流通させて資金源にしているとか嬉しそうに話しておったぞ」
「……へ?」
我に手を出そうとしたので蟲の半分を焼き殺してやったがな、あの炉利爺め、とか楽しそうに笑うギル子。
「そうですか。お爺さまったら、一般人の方を食用だけでなく資金用にも使ってたんですか。スナッ○フィルムとかレイ○モノとかそういうのまで作ってたんですね。ましてや孫の映像まで残して流通させるとは……許せませんね。簡単に処理するんじゃなかったかも」
「あらあら、変態老人との同居も大変そうね。誰とは言わないけど」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と背景に擬音が走る。まるでスタ○ドとかアバ○ーとか出せそうな勢いで漏れ出す殺気。うわ、怖ぇ、マジ怖ぇー。
「……士郎、すぐに言峰をシメに行くわよ。教会を地図上から完膚無く消去しなけりゃね!」
「……先輩、すぐに決着をつけに行きましょう。いろいろ隠滅しなきゃいけませんし!」
「……」
「いや、な。君達」
アーチャーが深く溜息を吐く。というかお前が諸悪の根元なんだけどな。
「簀巻きにして口轡までして逆さ釣りにされた人間が返事なんか出来るわけがなかろう?」
しかも額には『私は炉利魂性犯罪者です』、背中には『生まれてきてごめんなさい』、腹には『懲罰中につき天地無用』との貼り紙付きだ。
というか、いいからそろそろほどいてくれ!





とまぁ、そんなこんなでやってきました冬木の教会。参加者は俺、遠坂、桜、アーチャー、セイバー。ギル子は言峰の令呪が一つ残っている状況を鑑みてお留守番に。
「注意するべきはランサーだ。くれぐれも殺すなよ、セイバー」
「言われなくても」
「家捜しよ、徹底的にね。炉利魂に人権なんて無いわ、発見次第処理よ、処理」
「クスクス。姉さん、駄目ですよ。とっ捕まえて秘蔵品の隠し場所まできっちり吐かせてからじゃなきゃ。ふふふふ、うふふふふ」
俺みたいな善良な一般人にはついて逝けない面々です。

結果から言えば教会内には人の気配は無かった。
「ちょ、桜、アンタなに見てんのよ! それは焼却よ、焼却!」
だけど俺はふらふらと教会内を歩いている。
「な、姉さんこそ何再生してるんですか。それは破棄です、破棄!」
全身にじっとりと粘つく汗、息苦しいほどの重圧。
「ちょ、アーチャー、アンタなんで此処に居るのよ、士郎共々追い出したはずでしょ!」
……理由が分からない。なんで、こんなにも背筋に悪寒が這い上ってくるのか……どうして人の居ない教会にこんなにも恐怖を感じるのか。
「ハハハ、何、気にするな凛。なかなかせくしーではないか。いやいや、見たまえ、このやっと生えてきたのを鏡で確認している姿を。いや、撮影者は良い仕事をしている」
……ああ、つまり、あの部屋の混沌領域に巻き込まれたくなかったからだな、俺。
言峰の私室の隠し扉の先、彼のコレクションルームに足を踏み入れてからの狂乱は今だ続いている。セイバーの鉄壁の守りをかいくぐってアーチャーは進入できたようだが、俺にはそこまでの根性は無い。だってセイバー、殺る気満々だし。
さっきから感じる悪寒の理由に納得した俺は言峰の私室、あの騒ぎから遠ざかる方向へと歩く。正直お仲間だと思われたくない。
なぜか気分の悪さをこらえながら俺は廊下を歩き――。

そうして、その闇に突き当たった。

「――――地下…………?」
闇に見えたのは階段だった。
壁と壁の間に隠され、建物の影に遮られた……地下への入り口。細い細い、人一人が通るのがやっとの隙間。
ごくり、と喉がなった。
「―――――」
ああ、分かってる。
ここに下りてはいけない。
賭けても良い。
そこに言峰は居ない。
そこには誰も居ない。
そこに    なんてない。
そこにシ  なんてない。
そこに   イなんてない。
そこに タ なんてない。

そこに真の言峰コレクションなんてない――――!

HAHAHA! と俺は嗤う。がくがくと震える足をこらえながら。
「な、なんでワカメが掘られてるビデオまであんのよー!」
「ショタ向けだろう。いやいや、これはこれで」
……よし、向こうには気が付かれていない。なら俺のするべきはただ一つ。一足先にお宝を掠め取る。そう、漢には分かっていても踏まなければいけない死亡フラグがあるのだ――!
まだ見えぬ理想郷に心を躍らせながら、俺は闇へと足を踏み入れた。

壁沿いに半周する階段を下り、そして俺はその室内へと到達した。
「というかただの聖堂か……」
いや、いやいや、いやいやいや。失望するにはまだ早い。地下だというのに埃とか黴とかの汚れが無く、頻繁に使われている様子だ。ならきっとここには何かがある。
石造りの部屋をぐるりと見渡した。灯りもないのに、何故か部屋自体が薄青い燐光を帯びているのだが、そんなことはどうだって良い。
入り口の真下に位置する祭壇を調べてみた。
なにもない。ただのさいだんのようだ。
壁を調べる。
なにもない。ただのかべのようだ。
十字架に掛けられた半裸の像に話しかける。
へんじがない。ただのしかばねせきぞうのようだ。
「むー。……ん?」
階段の真下。壁の一部が黒い闇に塗りつぶされていた。
引き寄せられるかのように、俺はその闇へと足を踏み入れた。カツン、という足音が病院の床を連想させる。
「―――――っ」
踏み入れた足が止まる。
ひやりとした地下の空気が頬を掠めたからだけじゃない。微かに臭う薬品臭と……血の臭い。
「何……だ?」
眼が闇に慣れてくるにしたがって薄れていく闇。
ボンヤリと浮かび上がる……斜めに立て掛けられた棺たちの群。
「は、はは。何の冗談だよ」
冬木の教会の地下にカタコンベだと。まったく、悪い夢だ。そうだ、棺に見えるモノだってきっと違うモノで……。
俺は思わず棺の一つに向けて一歩を踏み出した。それが何らかの引き金を引いたのか――。
ヴゥン、という微かな音と共に、両側に並んでいたそれらが一斉に薄赤く光を灯した。
「……な!」
ソレは正しく棺だった。斜めに立て掛けられた円柱達。俺の立つ通路側は硝子のように透明で中が覗けるようになっている。薄赤い光を灯しているのはその中身。朱に発光している液体の詰まったガラスケース。
俺は商店街のショーケースを連想した。中に商品を閉じこめた硝子箱。しかしこの硝子箱は正しく棺だ。だって――。
だって、中に入っているのは間違いなく“人”だったのだから。
「く、……最悪だ」
これは、これらは正しく真の言峰コレクションなのだろう。ずらりと並ぶ棺の中に漂う全裸のょぅι゛ょ、ょぅι゛ょ、ょぅι゛ょ。艶やかに泳ぐ髪、血色の良い唇、滑らかな、日に当たらないせいで白磁のような肌。
「……生きて、る?」
まるで熱帯魚の水槽のように液体の中を奔る泡。
「……ま、まさか、LCLの原典か!」
水槽の中に居る時点でアヤ○ミーズそっくりだし!
ボンヤリとした戯言思考が、微かな血の臭いに覚醒した。
薄暗いオレンジに染まる室内。ずらりと両側に並ぶ棺の奥。そこにある小さな祭壇。その上の……ナニカ。
「……なんだ?」
ゆっくりと、俺はソレへと近づいた。
上に寝かされていたのは赤い髪の……ょぅι゛ょ。サイズのまったく合ってないぶかぶかのスーツにくるまれている。だが、その左手部分は切り取られ、肩から先が露出している。……ただし、その肘から先は無く、血が滲んだ包帯が乱雑に巻き付けられていた。
「……あ」
そのょぅι゛ょの胸が微かに動いている。確かに呼吸ををしているのだ。
「く、なら助けないと!」
動き出そうとした俺の両肩が、バン、と両肩が叩かれる。
「いや――――良く来てくれた、衛宮士郎」





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