幕間閑話2





間桐慎二は深い闇の中にいた。
もう何分、何時間、何日とこの場所で過ごしているのか、もはや彼にそういった認識は無い。
彼を此処に放り込んだ彼の妹すら、彼の存在を忘却していた。
ただ彼女の命令通りに蠢くマッチョな黒い影達のみが、ひたすらに彼の身体と精神を蹂躙し続けている。
ひょっとすると、彼はすでに狂っているのかもしれなかった。
何故なら、今この場所で彼等に責められている状況こそが正しい世界だと思えるようになってしまっていたのだから。
それは自己防御。
己の心を守るために自身へと言い聞かせた暗示。無限ともいえる回数繰り返した欺瞞は何時しか真実へとすり替わり、彼の内面を塗り替える。
そうしているうちに彼は状況に慣れ親しみ、そして飽きてしまった。ひたすら変わらない自分の相手達に。
「うむ、ならば出してやるとしようかの……」
「……へ?」
聞き覚えの無い声とともに、間桐慎二は、再び外界へと……。






「あ、あれ?」
喧々囂々と己の色欲のために大激論を交わしていた間桐桜は、ふと自らの影から何かが抜け出すのを感じた。
「……ん、どうしたの桜?」
「い、いえ。今何かが私の虚数空間を抜け出したような……」
「……何を放り込んでいたの?」
興味を持ったのであろうか、実の姉の問いに桜は記憶を辿り……。
「あ……兄さん、入れっぱなしでした」
「兄さんって……、ああ、そんなのも居たわね。忘れてたわ。間桐……えっと、間桐ワカメだったっけ?」
「……ええ、そんな感じです。それでいきましょう」
桜は眼を瞑って、自身の影の中を探査した。記憶が確かならかれこれ○日間ほど、間桐ワカメ(仮)は影製マッチョマン’Sに責められ続けている筈だった。
「……あ、あれ? なんで?」
「……?」
「に、兄さん。……居なくなっちゃいました」
一瞬だけ降りる沈黙。
「――まぁ、今までだって出番が無かったのだ、それこそ今更だろう? そんなことより問題は我がマスターの所有権の話だ!」
「そうですね。兄さんですしね。そんなことより先輩の最初の相手の話ですね」
「ええ、悪いけどこればっかりは桜にだって譲る気は無いわ」
「ええ、シロウは私の鞘のような気がします。なら剣である私のモノでしょう?」
「駄目ー、メタな発言は禁止ー!」
白熱している彼女たちの欲望丸出しの姿を眺めながら、存在を忘れられている隻腕ょぅι゛ょは小さく溜息をついた。





「眩し……っ!」
久々に見る外に眼を細めた間桐慎二。周囲は見覚えのある空間。
「て、家の居間じゃん」
「ふむ、久しいの、慎二」
呆然とする慎二に掛けられる聞き覚えのある……声。
「お爺さま! バカな。お爺さまは桜に“プチッとな”とかと言われて潰された筈では!」
「潰されたのねー。いやいや、オマエがソレを知っているのは時系列的におかしいんじゃが。ま、じゃからこそ蟲倉のバックアップから復活したのじゃよ我が孫よ。ククク、色物キャラの毒電波が儂を蘇らせたのじゃ。んー、見て欲しいのぅ、この滾るマイパワー」
ソレ、一体どこの封印指定の人形師? な祖父の台詞に唖然としつつも、慎二は祖父の姿を確認した。
「って、ちっちゃくなってるー!」
慎二の目の前にいるのは、和服に身を包んだ、エキゾチックな顔立ちの童女。波打つ前髪(ワカメ)が、確かに血筋を感じさせる。
「フフフ、気持ちは分かるのじゃがそう驚かんでほしいのぅ。そう、今までの儂は儂じゃ無い! そうじゃのー、言うなればこれまでの儂が渋みをもってストーリーに重厚さを与えるいぶし銀キャラじゃとしたら、今からの儂はTSerのあいどる! そう、全てのTSerが『ZOUGENちゃん萌へぇ〜〜!!』と叫び狂う愛でられ系キャラなのじゃよ!」
祖父の狂態にがっくりと慎二は膝を突いた。
「お、お爺さま。そういうのはお爺さまのキャラじゃないでしょう。陰湿に陰険に陰気に陰謀を張り巡らせるような黒幕キャラこそがお爺さまの筈です!」
「……だって、もう儂に出来ることなんもないもーん。桜怖いし。これからは一人称が儂のちょっと時代物系萌えキャラとして清く正しく愛らしく生きるのじゃよ! 萌えられたいのじゃよ! 人気が欲しいのじゃよ! ファンディスクでの出番無さ過ぎな扱いはもう嫌なのじゃよ!」
魔力も軒並み桜に持って行かれたしのぅ、と韜晦するボケ老人(外見ょぅι゛ょ)。
「――お、お爺さま、違う。ソレは違います。ょぅι゛ょが流行なのは今までの話。そう、これからは!」
「む、これからは?」
がばっと立ち上がる間桐慎二。全裸のままで、くるりとポーズを決める。
「これからは漢の時代です!」
「な、なんと!」
「そう、ぶつかり合うことで深く結びつく友情! 傷付いたことは無駄じゃなかったのねー! そして何時しか漢の友情は禁断の愛情へと変わり、身も心も深い絆で結ばれ合う! 腐った乙女達の理想郷! やはり漢たるもの、(腐)乙女にキャーキャー言われることこそ本懐でしょう!」
「いや、言っていることは綺麗じゃが、ただ単にゲ○の自己正当化じゃろうに……」
「何を言うのです。さっきまでの経験で僕は真の姿に目覚めたのです、お爺さま。○イこそ真の漢の姿だと!」
どこまでも遠くに逝ってしまった孫の姿を遠い眼で見詰める童女(外見だけ)。
「ということでお爺さま。僕は我が強敵(とも)衛宮士郎と友情とかそれ以上とかを深めに行ってきますので!」
「……まぁ、待て慎二。サーヴァント無しで聖杯戦争の只中に特攻する気かの?」
「はっはっはっ、僕のこの熱く滾る情熱の前に障害などあり得ません!」
「あー、待て待て。そんなお前に相応しいサーヴァントを用意してある。儂の同志から、臓硯コレクションの一部と引き替えに譲り受けたのじゃ。くれてやるから後は好きにせい」
「おお、さすがお爺さま。ありがとうございます!」
全裸でお礼を言う孫を生暖かく見詰めながら間桐臓硯は小さく呟いた。
「間桐も此処で終わりじゃの。最後の血筋がゲ○に目覚めるとは……」





「今気が付いたんだけど。……士郎は?」
議論開始から2時間47分56秒経過後、ようやく遠坂凛が気が付いた事により、衛宮士郎の逃亡が発覚した。
ぐるり、と地下室を見渡す一同。そこにいたのは退屈そうに座り込んだ、ぶかぶかスーツ姿の隻腕ょぅι゛ょのみだった。
「……先輩、逃げたましたね」
「く、なら追わなければ!」
「まぁ、待ちたまえセイバー。士郎の居場所ならラインを通じてすぐに判るさ。現在位置は……柳洞寺か。ふむ、なら……何!」
突然にアーチャーが驚愕の叫びをあげた。
「く、士郎め。何て事を……!」
「どうしたのです、アーチャー? まさかシロウの身に何か!」
「いや。アイツめ、どういう手段でか知らんが……私との契約を切りやがった!」
「……はい?」
「……まぢ?」
「……ということはアーチャー、貴方はこのままだと消えて……」
愕然とする他の面子。
「ま、待ちなさいアーチャー。せめてネガの場所くらいは吐いてから消えてー!」
凛の魂の叫びに、呆れた顔をするアーチャー。
「あのな、凛。一応アーチャーのクラスには単独行動のスキルが在るのだが?」
「え。あれ?」
「もっとも、マスター無しでは二日ほどしか現界出来ないのだがね」
アーチャーは軽く肩を竦めた。
「つまり、二日以内に先輩を捕縛しなければいけないんですね?」
ほっとした表情の桜に、アーチャーは軽く首を傾げることで答えた。
「……いや、ちょうど良い。向こうがその気ならこちらも……だな」
にんまりと表情を崩す赤き英霊。ぐるり、とこちらを眺めている隻腕のょぅι゛ょと視線を合わせた。
「さて、すまないね。ちょっと重要な作戦会議のため君を放置してしまった。私はサーヴァント・アーチャー。君はランサーの元マスターとお見受けするが?」
丁寧なアーチャーの言葉に、突然声を掛けられた隻腕のょぅι゛ょは律儀に姿勢を正した。
「ええ、魔術師協会から派遣されました、バゼット・フラガ・マクレミッツです」
「ほう、協会からの参加者か。そのょぅι゛ょ姿はやはり言峰綺礼がかね?」
「ええ、おそらくは」

「……次の標的が決まったみたいね」
「……好きものですよねー。アーチャーさん」
「止めなくても良いのですか、凛?」
「止められるような奴じゃないでしょ、あの変態」

「……外野、少し黙れ。さてお互いに情報交換と行きたいところだが、ちょっと困ったことになってね。私は今、主が居ない野良サーヴァントになってしまった訳だ」
「……ええ」
あっけらかんと現状を話すアーチャーに警戒心を抱くバゼット。
「そうして君はサーヴァントを失った。……さて、どうだろう。君、私のマスターにならないかね?」
「……はい?」
あまりにぶっとんだ思考の目の前のサーヴァントに、こんどこそバゼット・フラガ・マクレミッツは呆然としてしまった。

かくかくしかじかという便利な言葉で現状を説明されたバゼットは深く頷いた。
「つまり、現在聖杯は異常を抱えていて、その原因を究明するまでは戦争を中断しておきたい、と言うことですね。下手にサーヴァントを倒す訳にもいかないから、貴方も消えるわけにはいかないと」
「まあ、そういうことだな。大体今のままでは君はハンディキャップを抱えたままで動かなければなるまい? 悪い話では無いと思うが?」
アーチャーの台詞に考え込むょぅι゛ょ。
「貴方の話が嘘では無いという証拠は?」
「無いな。しかし考えたたまえ。まともに聖杯戦争をしているのなら、マスターが三人にサーヴァントが二人と連れだって動くかね。しかも用件は君を裏切った言峰綺礼の違法の調査だ。これだけでも信用するに値する情報だと思うのだが」
「……私にはもう、令呪がありませんが……」
バゼットの台詞にニヤリとアーチャーが嗤った。
「なに、ようはラインさえ繋いで貰えれば問題ない。私の現界用の楔になって貰いたいだけなのだからね。こちらの条件は聖杯の調査への協力。現状ではそちらの目的とも一致することになりそうだが? 協会も聖杯に異常があると知れば放っては置くまい?」
「確かに。……まぁ、ラインを繋ぐくらいでしたら簡単な儀式で可能でしょう。分かりました。一応私にも協会への立場がありますし……貴方と契約しましょう」

「さて、先に出てましょ。新しい犠牲者の冥福を祈りながらね」
「……気の毒ですよね」
「本当に、詐欺師ですね。アーチャーは」

「よし、では話は決まったな」
「……え? え! あ、あの、なんで私の服を脱がそうとするんですか貴方は!」
「んー、いや、ほら……ラインを繋ごうかと」
「い、え、あ、や。だって、そんな、そういうのは、儀式魔術で……」
「これだって儀式さ。さぁ、私と一緒になろうではないか、それはとても気持ちの良いことなのだよ……」
「え、ええーーーーーーーーっ!?」





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