幕間閑話





「うーむ。……聖杯戦争に全く進展がないとはどういう事だ?」
深夜の闇に閉ざされた礼拝堂の中央に独り立つ神父が呟いた。
一見とても神父には見えないし、彼の中身を知る人間は10人が10人ともエセ認定をするような存在だが、間違いなく彼はこの冬木の教会の神父であった。名を言峰綺礼という。
聖杯戦争の監督役でもある綺礼にとって、今の状況は全く理解不能だった。今だにどのサーヴァントも脱落しておらず、しかも誰一人としてまともに聖杯戦争を戦おうとしていない。
この町の管理人でもある妹弟子をけしかけようと電話をしてみるも何時も留守。全く、今時の若者のくせに携帯電話すら使えないとはなんという体たらくだ、そんなことを毒づきながらも今ある情報を吟味する。
偵察に使う予定だったランサーは、ある夜、偵察から戻ってきてからというもの、ずっと地下の片隅でカタカタと震えている。時折、思い出したかのように、「槍が、槍が……」と呟いていた。何故か長くてある程度の太さのあるモノを見ると拒否反応を起こしてしまうというヘタレっぷりだ。自分の槍すら持てない有様に、綺礼は首を傾げる。
「やはりあの夜に何かあったと言うことか。しかし……」
綺礼は、あの夜のランサーの姿を思い出して苦悩する。
「何故に尻を押さえて逃げてきたのだ?」
まるで、どこかの変態に、『その純尻(ジュンケツ)、貰い受ける』とか言われて襲われたかのように。
綺礼の脳裏に、黒いレザーのぴちぴちボンデージのランサーが槍のようなモノを構える姿が思い浮かんだ。槍のようなモノの先端は電動式な感じに震え、うねり、回転している。
「ククク、確かにそれならトラウマにもなろう」
そんなものに追いかけられたというなら、確かにあの姿も納得だ。下らない自らの想像にクツクツと嗤い、綺礼はほんの少しだけ鬱憤をはらした。だが、誰が知ろう。事実は其処に限りなく近く、さらにその斜め上45°くらいを滑空していることに。その事を知っているのはただ被害者と加害者だけだった。
「まあ、まだ令呪は残っている。捨て駒くらいにはなろう」
しかし、こうなると使える駒は後一つくらいしか残っていない。だが、その存在を完全に御することは綺礼にも出来はしなかった。
ふと、誰も居ない礼拝堂に人の気配が動いた。漆黒の中、綺礼の背後に、ただ気配のみが存在する。
「ほう、起きたのか。ちょうど良い。お前に会いたいと思っていた処だ」
「……」
「見ての通り、ランサーは使えん。どういう訳か今回は全く動きがない。争いは起きず、被害は出ず、それ故、杯は充たされることが無い。それでは困ろうというものだ。……叶えたい願いがあるのだろう、お前には?」





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