「交差点から空を見よう 後日譚・クリスマスの風景」








「メリークリスマス!」
の掛け声と共に始まった背後の喧噪も、時間の経過と共に混沌とした様相を見せていき、開始二時間を経過した現在、もはやワルプルギスの夜にも等しい状況へと化していた。
「……誰が片づけると思ってるんだろうね」
額に浮かぶ青筋を意志の力で押さえ込みつつ、衛宮志保は引きつった微笑みで廊下に座り、窓から見える夜空の星を眺めていた。
……背後の居間の惨状を見て平静で居られる自信がなかったからだ。
「藤ねぇも藤ねぇだ、未成年に無礼講を許すんじゃないっての」
お目付役の虎は、とっくに背後の騒ぎの中心人物と化している。
志保の背後で行われているのは、女の子だけによるクリスマスパジャマパーティーだった。参加者は遠坂凛、セイバー、間桐桜、陸上部三人、美綴綾子、藤村大河という、志保にとってはいささか不思議なメンバーだった。
『……陸上部の三人とはそれほど付き合いが有った訳じゃ無かったんだけどね……』
そもそも、衛宮志保はほとんど他人と深く関わり合いを持っていなかった。上辺だけの付き合いのみに終始し、決して自身の領域に他人を踏み込ませない。それが去年の冬のあの日々までの彼女の生活スタイルだった。
しかしそれは、あの夜の終わりと共に変化を迎える。その決定的な一因は……、
「何よ、志保。壁の花なんか気取っちゃって。飲まないの?」
このおっちょこちょいでお人好しで見栄っ張りで意地っ張りで寂しがり屋の癖に強がってみせる彼女に有るだろう。
手にした洋酒のグラスをカラカラと振りながら、すとんと志保の脇に座る鮮やかな色彩を放つ少女、遠坂凛。アルコールにほんのりと頬を染めながら、上機嫌に微笑んでいる。
「飲めないの。私下戸だしね。それに――」
志保は手にしたソフトドリンク入りのグラスを夜空へと翳した。
「また眼が覚めたら凛の部屋だった、なんて状況は遠慮したいしね」
「グ、……その件は悪かったわよ」
志保の台詞に、ふてたように視線を逸らす凛に苦笑し、志保は再び夜空へと眼を向けた。あのとことん可笑しくて、とびっきり素敵だった夏の日々は今も記憶の中に大切にしまわれている。志保の中にも、凛の中にも。それは偶然が造り出した夏の間だけの幻想、ささやかな喜劇。それでも……。
志保は、背後で騒ぐ面々に視線を向けた。
それでも、“彼”の残した名残が、こうしてこの時間を産み出している。本来なら縁の無かった人々とのささやかな時間。
「……志保、幸せ?」
「さて、どうかな。よく分からない。でも、うん、悪くない時間だと思う」
穏やかに微笑む志保の表情をじっと観察していた凛は、その台詞と、その表情に顔を軽く綻ばせた。
「向こうの“わたし”に感謝したいわね」
「……?」
「何でもない。でもさ、彼達の方も元気でやってるのかしらね」
志保と凛は、一緒になって夜空へと眼を向けた。見ているのは夜空ではなく、遙か彼方、同じ時間を共有した違う“お互い”。
「フ、クク、ククク」
突然、何かに気が付いて含み笑いをしだす志保に、凛は怪訝そうな顔を向けた。悪戯っぽく笑うその瞳に、嫌な予感を感じながらも凛は首を傾げ、
「な、何よ、突然に」
などと疑問を発する。
「いや、元気でやってるだろうさ。だってよく考えなよ、凛。向こうは……」
志保の唇が凛の耳元に寄せられる。吐息が凛の耳朶をくすぐった。
「私達みたいに女の子パーティーじゃなくて、カップルなんだよ? そりゃあ“元気”に夜を過ごしているんじゃないか、“君”と、ね?」
「へ? ……あ、あ、あ!」
元気、の意味を理解した凛の頬がアルコール以外の原因でさらに赤みを増した。
「いやいや、あの時自分の体を解析したけど、凛とラインが繋がってたんだもん、驚いたよ。で、色々聞いてきたけど……聞く?」
「い、いい、結構よ、あ、あっちとこっちは関係ないんだし!」
「そ、残念。……凄いのに」
「じ、自分の知らない自分の恥ずかし体験なんか聞きたくないわよ……そんなに凄いの?」
「……興味津々だね、凛」
「あ、い、いや、そ、その、後学のためよ、後学の! 何時か役に立つかも知れないし!」
顔を深紅にまで染めて、わたわたと手を振る凛を、ニヤニヤと愛でる志保。
「それはまぁ、置いておいて、凛? 後ろ後ろ」
「へ? 何よ?」
背後を指さす志保に釣られてくるりと振り返って……凛は硬直した。
背後で騒いでいた面子が今は静寂に。じっと生温く彼女と志保を観察していたのだから。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ああ、続けてくれ、邪魔する気は無いから。そうか、聖夜だしな」
「そ、そうだね鐘ちゃん。聖夜だしね」
「あー、相手が居る奴は良いなー。……性別に問題ある気がするけどな」
「衛宮先輩と遠坂先輩が……ぅぅ、ずるいです」
「あらあら、志保にも春が来たのねー、って遠坂さんとじゃ駄目じゃん」
「まぁまぁ、藤村先生。とりあえず一杯」
「あ、ありがとー美綴さん」
すっと立ち上がったセイバーがにっこりとこちらを見て微笑み、
「ごゆっくり」
静かに居間と廊下の間の襖を閉めた。
「さー、相手の居ない寂しい面子で飲むぞーっ!」
「おーっ!」

「ち、違うわよーっ!」
凛の叫びは、しかし誰にも届くことはなく、そして乱痴気騒ぎは翌朝まで続くのであった、まる

「うん、こっちは元気でやってるよ、遠坂」
くすくすと笑いながら、志保はゆっくりとグラスを干した。







2006年クリスマスに。某絵師とメッセ中に思いついた時事ネタ。クリスマススペシャルということで。クリスマスイブの前夜のメッセ中で思いつき、イブの午前中に書き上げたという慌ただしさ満載の一品。

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