こうして、俺は摩耗した 〜性技の味方に至るまで・陥穽編〜





夕日に染まる白亜の城……だったっぽい廃墟を背景に。
ごぎゃ、という激しい打撃音が響く。
それもモノラルではなくステレオで。
まったく同じタイミングで、両者の拳は相手の顔面へ炸裂していた。
「……壮絶ですね」
ずぞぞぞ、と冷めたお茶を啜るセイバーの呟きも二人には届いていないだろう。
見事に腕が伸びきった、教科書に載せてもいいくらいのクロスカウンターだった。体を黒い異装に包んだ間桐桜の力任せの一撃と、左腕の魔術回路をぎゅんぎゅんと光らせ技術で対抗した遠坂凛の一撃。
まさに力の桜、技の凛。
ここまでヤる気満々だと、実はこの二人、途轍もなく仲が悪いんじゃないのだろうかと思えるほどだった。
セイバーの脳裏に何故か幻視される、まったく同じ構図の金髪物の怪とカレー眼鏡。
「? ……なんでこんな映像が思い浮かぶのでしょう? ……というかこの二人は誰なのでしょう?」
きっとどこかの絶倫眼鏡と電波が混線しているのでしょうね、とセイバーは自身を納得させた。
「……く、やるわね、桜」
「……姉さんこそ」
ふふふ、と睨み合いながら、そのままずるずると地面に倒れ込む二人を眺め、ぱんぱんと膝を払ってセイバーは立ち上がった。
キャスターは夕飯の支度があるから、ととっとと帰宅してしまっていた。さすがは新妻。アーチャーとそのマスターもあの金色アーチャーを連れて何時の間にやら消えてしまっている。
「……今から帰っても……夕飯には間に合いませんね」
小さく溜息を吐いて、彼女は自身のマスターとその妹を連れて帰宅する事にした。もちろんこの身はサーヴァント、そのようなことで怒りを感じたりなどするはずもない。
「ええ、夕食を食いっぱぐれたからと言って怒ってなどいませんとも」
そうしてセイバーは、むんずと左手に凛の右足を、右手に桜の左足を掴んで、そのまま全力で疾走りだす。二人とも気絶しているし、もし気が付いて彼女達が何か言っても、全力疾走中の彼女の耳には風の叫ぶ音しか聞こえない。
「そう、何も聞こえません」
とりあえず、森を半分ほど踏破するまでは引きずっておきましょう、と暗く笑いながら走るセイバー。
「……はて、それにしても何か忘れているような?」
思い出せないと言うことはたいしたことでは無いのでしょう、そう納得すると、まるで女性の悲鳴のようにも聞こえる風の音を聞き流しながら、セイバーはさらに加速することにした。





「えっと……セラ。そろそろ、その、止めた方が良いんじゃ……」
「何を仰いマすイリヤスフィール様! 良いですか、調きょ、失礼、躾とはその魂に刻みつけなければ意味が無いのでス! エエ、二度とそのお体を狙うようなことの無いようにキっちりと教え込まなければナらないのですヨ!」
はぁはぁと息を荒げ、血走った目で力説する自身のメイドに、イリヤスフィールは全力で引いてしまった。何処までも遠いところまで逝ってしまった覚醒変態冥途の様子に、イリヤは彼女に貪られている獲物の冥福を祈る。
「そ、そう。が、頑張って、……ね?」




日は随分と前に沈んでしまっていた。
そんな中をようやく衛宮邸に帰り着いた俺達。
途中の超高級レストランで食事を取ってから帰宅。ょぅι゛ょに奢ってもらうという自尊心崩壊一歩手前駄目大人一直線状態から心の眼を背けたのは内緒だ。空腹には勝てない。ばくばく食い散らかして、さらに何とかかんとかとかと言う名前だけでも高そうなワインを何本も空けたアーチャーをマジで自害させようかと思ったのも内緒だ。ょぅι゛ょはお子様ランチを作らせてご満悦だった。コックの皆さん、無理を言ってごめんなさい。
その金のょぅι゛ょは満足したのか、俺の背中で穏やかに寝息を立てている。
「とりあえず、ょぅι゛ょは布団に寝かせた方が良いな。私が運ぼう」
「ああ、頼む……待て、アーチャー。――何処の布団に持って行くつもりだ?」
俺の疑問に、アーチャーは露骨に眼を逸らせた。
「――俺の隣りに布団ひいてくれ。……家には最重要危険物体が居るのを忘れてた」
「ははは、マスター。自分をそんなに卑下することは在るまい?」
この炉利魂マスターめ、もう喰っちゃう気かー、とか聞こえるように呟く馬鹿に、本気で頭痛を感じる俺。
「お前が一番危険なんだろうが」
俺の呟きに爽やかなまでノアーチャーの笑みが帰ってくる。
「で、マスター。……カメラの設置はOKか?」

一応布団と布団の間はかなり空けておいた。金のょぅι゛ょはすやすやと安らかに眠っている。
とりあえず室内は全て構造解析済み。6つの隠しカメラと13個の盗聴器の処理は終了した。しかし……我が家は一度大掃除の必要がありそうだ。個人のプライバシーとか重要だし。なにより、アーチャーの秘蔵コレクションを強奪……じゃない、没収しておかなければなるまい。そして誰の目にも触れないところに厳重に保管しておかなければ! じゅうみんのぷらいばしーのほごもやぬしのぎむだし。義務だし! 
とりあえずアーチャーは拘束して土蔵に放り込んでおいた。しかしサーヴァントでも拘束できる縄なんてどっから手に入れたんだ、アイツ。
遠坂と桜は帰ってこない。セイバーも一緒だろう。キャスターは新婚だしまぁ、夜は色々あるのだろう。藤ねぇは俺達の居ない間に家の保存食を食い散らかして帰ったようだ。……あれ? 何か違和感というか足りないような気が……?
「あ!」
ライダー忘れてた。……ま、良いか。どうせお楽しみ中だろうし。後でアーチャーから映像回して貰うとしよう。そうして俺は暖かい布団の中へ。





ループしている。
何処が始まりで何処が終わりなのかに意味は無く。
目的も分からず、目標もなく、理想も知らず、妄執も必要とせず。
本来の姿からは遠く乖離し。
塗り替えられ、書き換えられたその存在。
そう、だから意味なんか無い。
その生涯に意味なんか無い。
過去を改変した場合、それに続く未来も改変されるのだろうか。
その場合、改変しなかった場合の未来は何処へいってしまうのだろうか。
記憶の断片、情報の欠片、想いの残り香、そして理想の残骸。
理解できない情報が、俺の思考にまとわりつく。
救われない。
救いがない。
そもそも、救われる必要もない。
だって、ソイツは、すでに救われているんだから。
だからきっと、それは悪夢。
救われたことが救いじゃないというただそれだけ。
だって、俺今結構不幸だし。





眼を開くと見知った天井だった。
「朝……か」
何かとりとめのない終わらない悪夢を見続けていた気がする――んだけど。胡乱な思考はまったく覚えていなかった。体が妙に重い。
「あー、昨日は……」
色々あったんだっけ。働かない頭を、それでも動かす。
「確か、イリヤの処に行って――」
それで……そうそう、金色のょぅι゛ょを拾って帰って、それでアーチャーの近くに置いておくとアブナイからこの部屋に布団をもう一組ひいて……。
ごろん、と頭を倒して少し離れた処にひいた隣の布団を見――。
「居ないし?」
蹴り飛ばされたかのように掛け布団を吹っ飛ばした状態の隣の布団の中はもぬけの空だった。
「ま、まさかアーチャーが……あれ?」
起きようとした俺は妙な違和感に停止する。
「……えっと」
非常に不味い予感がする。脳裏に警鐘が最大音量で鳴り響いている。おそるおそる自分の布団を捲る俺。
「……なんでさ?」
布団の中には、何故か丸まって俺にしがみついて寝ている金のょぅι゛ょの姿があった。外の冷気に触れたせいか、ぎゅっと俺の体に触れているょぅι゛ょの手に力が籠もる。
とりあえず硬直する俺。そんな中、すーっと襖の開く音とともに、皮肉げに嗤うアーチャーが入ってきた。手にはハンディカム。当然レンズは俺とょぅι゛ょの姿をきっちり撮っている。
「んむぅ。雑種。寒い。布団を掛けろ……」
ょぅι゛ょの手が布団を引っ張り、その姿を隠す。もぞもぞと中で動き、またぎゅっと俺を抱き枕にした。
うんうんと頷くアーチャーと俺の視線が交錯した。
「ま、待て、俺は知らないぞ、話を聞け、アーチャー」
ダラダラと汗をかきながら俺は口を開いた。こんな事が遠坂やセイバーにばれたら何を言われるか。……桜も怖いし。
「そうそう、マスター。先ほど凛と桜とセイバーが帰ってきてな。今朝食中だ」
「そ、そうか。それは良かった」
「ああ、実に良かった。まったく良いタイミングだ。そう思わないか、マスター?」
「……いや、どうなんだろう?」
爽やかに、白い歯を見せて笑うアーチャーがたまらなくヤバい。コイツ絶対ろくな事しない。
「あー! 士郎が金のょぅι゛ょを布団の中に引っ張り込んでるーーーーーーーーーー!」
アーチャーの叫びが邸内にこだまする。……今ここに、衛宮士郎への死刑が確定したようだ。
どたどたと執行人達の足音が廊下を近づいてきます。……爺さん、アンタの処に逝くかもしれません。





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