こうして、俺は摩耗した 〜性技の味方に至るまで・風雲編〜





先日、俺が土蔵でリタイア中に起こっていた、『第一回衛宮邸痴女王決定戦』は結局、勝利者未定で幕を閉じた、らしい。
らしい、というのは要するに、参加者全員がその結果に口を噤んでいるためで、ひょっとすると勝利者自体は出たのかもしれないが、その辺りの事に関してはどうも対俺緘口令が出されているらしく、誰も口を割ろうとはしなかった。
ただ、どうも我が家のパワーバランスが微妙に変わってしまっているのが妙に気に掛かる。
桜がキャスターのことをお姉様と呼んでいたり、
セイバーが遠坂にやたらと強気だったり、
ライダーが時折、上機嫌でアーチャーに抱きついていたり、
アーチャーはアーチャーでひたすらに機嫌が良いし、
遠坂はキャスターには上手に出てるし、
いやもう、訳が分からない。本当、なんでさ?

「何辛気臭い顔してるの、士郎?」
ばんばん、と俺の背中をにこやかに叩く遠坂。
「……そういうお前は何でそんなに朗らかなんだ、遠坂?」
歩きにくい森の中を、踊るような軽やかさで歩いている。
「えー、だってようやく聖杯戦争らしくなってきたんじゃない?」
俺達はアーチャーを先頭にして歩いていた。アーチャーとセイバー、遠坂と俺と桜、キャスター、ライダーという隊列でだ。何故こんな大所帯で、ピクニックには似つかわしくない深い森の奥を進んでいるのかというと、その理由は先頭のアーチャーを見れば分かる。
何故かバスガイドの制服で。
手には赤い小旗を持ち。
肩からメガホンとハンドマイクを提げた馬鹿。
その手の旗には金縁太字で、声を上げて読むには恥ずかしすぎる言葉が書かれている。
ょぅι゛ょ拉致監禁調教 持ち帰り可・青い果実狩ツアー・in冬木』
「あれで、か?」
「……ま、まぁ、アーチャーさんにはアーチャーさんの考えがあるんですよ、先輩」
嫌々ながら顎でアーチャーを指す俺に、苦く笑いながら答える桜。
「アイツが何か考えてるなんて思いたくないわね。本能と下半身だけで生きてるわよ、多分」
「遠坂の意見に賛成だ。まったくもっ、痛!」
ガイン、という金属音とともに、目から火花が散った。どこからか分からないが、直上から落ちてきた一斗缶が、見事俺の頭頂に直撃したのだ。
「って何処から?」
きょろきょろと辺りを見渡した俺の視線と、先頭を歩くアーチャーの視線が交差した。ニヨニヨと面白げな笑みを浮かべている。コイツが犯人か。
すっとアーチャーの視線が遠坂にと逸れる。その視線にやや青褪める遠坂。ゆっくりと持ち上がったアーチャーの手に、手品のように黄色いカードが現れた。
「セーフ。イエローカードね」
お前ら一体ナニやってんだ?






「……これはまた前衛的な建築ね」
呆然と呟いたキャスターと、
「あ、ああ。これはまた素晴らしい……廃墟?」
それに答えるアーチャー。俺の前にあるのは、日本に存在していることが実に不思議な正真正銘の城……だったであろう建物だった。
壁には大穴が空き所々は崩れ、場所によってはもうもうと土煙を上げている。解体中であるかのようにびりびりと振動して、あ、硝子割れた。
「バーサーカーでも寝ぼけたか?」
寝ぼけた台詞でアーチャーが韜晦する。
「そんな訳が無いでしょう、アーチャー。これは……」
セイバーの言葉が地面を揺るがせた振動に止まる。遠くから聞こえる雄叫び。
「バーサーカー? やはり寝ぼけてるのか」
「何者かと戦闘中のようです。どうします、凛?」
丁重にアーチャーを無視して俺達は遠坂の指示を待つ。
「この場に居ないサーヴァントはバーサーカーとアサシンとランサーね。アサシンは柳洞寺で地蔵磨いてるから除外。となると相手はランサーかしら?」
「おそらくは。サーヴァントと正面切って戦えるのはサーヴァントのみ。で、どうします?」
「……乱入しましょ。まずはバーサーカー。その後全員でランサーを逃がさないように退治。それでいいわね?」
「では前衛は私とアーチャーで」
「では私はバーサーカーのマスターを確保しましょう」
「じゃ私は後衛支援ね」
やる気に溢れたセイバー、ライダー、キャスターの三人。
「む、私がイリヤスフィールの確保ではないのかね?」
「アーチャー、少し黙れ?」
令呪をちらつかせて戯れ言を封じる俺。
「私と桜はバックアップね。まあやる事なんて無いとは思うけど。士郎は……」
「ああ、判ってる。アーチャーの見張りだな」
「ええ、くれぐれもイリヤスフィールゲット即お持ち帰りとかさせないように。それどころか、この城のどこかに連れ込んで美味しく頂いてしまう可能性もあるから注意して。いざとなったら令呪を使ってでも止めなさい」
「……君達は私を何だと思っているのだね?」
「性獣」
「レイパー」
「調教師ですかね?」
「変態で十分よ、変態で」
セイバー、俺、桜、遠坂の言葉に、ぴくぴくとアーチャーのこめかみがひくつく。
「日頃の行いって大事ですね」
「自業自得じゃないかしら?」
そんな俺達を見てのほほんと呟くライダーとキャスターの二人。 
「ま、そんなことはどうでも良いわ。とりあえず行くわよ!」





そこには、俺達の予想の斜め上の状況が展開されていた。
大半が崩落している大広間の中央に、中空から現れた鎖に雁字搦めにされている鈍色の巨人。その身には多数の剣が突き刺さっている。その背後、階段の上で泣いているイリヤ。
そこまでは良い。いや、良くはないんだが、まあ、今は置いておく。そんなことより。
その鉄の如き巨人の前に平然と立っている存在。それは、俺達の予想していたランサーなんかじゃなく。

豪奢な金の巻き毛。
  (ふわふわのロール)
白皙の整った顔立ちは傲然と。
  (ツンとお澄まししたその表情)
背筋を伸ばし、悠然と腕を組み。
  (精一杯背伸びしようとしているその姿)
豪勢な衣装は間違いなくブランド物。
  (白地に金糸の刺繍入りゴシックロリータワンピース)

「……ょぅι゛ょ?」
「ょぅι゛ょだな」
「ょぅι゛ょですね」
「ょぅι゛ょが二人ですか?」
「てか、誰よあれ?」
「うーむ。銀のょぅι゛ょだけじゃなく、金のょぅι゛ょも居るとは。私には鉄のょぅι゛ょを落とした記憶は無いのだが」

どたどたと半壊していた扉から乱入した俺達はその場で固まってしまった。そこにいたのは、イリヤよりさらに小さなょぅι゛ょ。
俺達の乱入にイリヤと金のょぅι゛ょも呆気にとられてしまっている。

「……無礼者め、雑種風情が王の戦場に土足で乱入とは……む、貴様、セイバーか、久しいな。此度も召喚されたとは重畳だ」
一番早く解凍された金色ょぅι゛ょが可愛らしい声で喋りながら俺達を眺め渡し、セイバーの上でその視線を止めた。
「ちょ、セイバー。アンタ、アイツが誰なのか知ってるの?」
セイバーは食い入るようにょぅι゛ょを見つめていた。ややあって、その視線が下を向き、宙をさまよい、首を傾げ、顎の下に手をやり、さらに首を傾げ、眉根を寄せて眼を瞑りそのまま固る。っておい!
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
微妙な温度の沈黙が続く。
「貴方は……誰なのですか? 私を知っているみたいですが……」
セイバーの台詞に、ピシリと金のょぅι゛ょが石になったかのように固まってしまう。
「ちょっとセイバー?」
「いえ、リン。本当に心当たりがないのです。あのようなょぅι゛ょ、一度見たらそうそう忘れるはず無いと思うのですが……」
セイバーの台詞に、固まってたょぅι゛ょは青くなり、そして赤くなり、続いて何かに気が付いたかのようにわたわたと慌て出した。
「オ、我(オレ)は急用を思い出した。み、道を空けるが良い。帰る」
「まあ、待ちたたまえ、金のょぅι゛ょ。セイバーが何か思い出したようだぞ?」
「ょ、ょぅι゛ょと呼ぶな。この雑種! それに我の勘違いだ。べ、別に思い出さなくても良いぞ」
ふんぞり返って長身のアーチャーと対峙するょぅι゛ょ。強気な言葉とは裏腹に、つ、と頬に汗が流れ落ちている。
「セイバー、何か思い出したのか?」
俺の疑問に、軽く首を振るセイバー。
「い、いえ、思い出したというか……、その、似たような喋り方をする英霊が前に居たことを思い出しまして」
「む、我とは関係無いぞ。その者はさぞ立派で神々しく恰幅が良く頼りになる王の中の王というべき優れた存在なのであろうが、まあ、我とは無関係だ」
ょぅι゛ょはセイバーから眼を逸らして早口でそんなことをまくし立てた。

「……あんな可愛い女の子が自分の事をオレって言うのって……萌えですよね、姉さん!」
「アンタ、最近あの変態に似てきたわよ……」

「ええ、そうですね。無関係でしょう。あんな変態でストーカーで我が侭で身勝手な男と貴方では姿が違いすぎますからね」
セイバーの暴言に引きつった笑みを浮かべるょぅι゛ょ。ぴくぴくと頬の端を引きつらせながらも、
「そ、そうだとも。オ、我はそ、そんな男、な、なんかじゃ、ない、ぞ。うん」

「ねえ、バーサーカー。何か、私たち忘れられてるんだけど……」
「……静かに、イリヤスフィール」
「……え? 貴方、ライダー?」
「こっそり逃がして差し上げます。こちらへ」
「ど、どうして?」
「……あの赤い変態の毒牙に掛かりたい、というのなら別に良いのですが。被害者は少ない方が良いでしょう? 私は素直で可愛いょぅι゛ょの味方なのですよ」
「ライダー……貴方…」
「ええ、姉達のお陰で私はょぅι゛ょには優しいのです……(アーチャーより先に美味しく頂かせて頂きましょう、イリヤスフィール)」

『く、ライダーめ。抜け駆けする気か。しかしこっちの金のょぅι゛ょも捨てがたい。うーむ、後で覚えていろよライダー』

俺の周囲で、凄まじく自分勝手な欲望とか妄想とか電波が飛び交っている気がする。が、俺だけは真面目に話を進めなければ。
「セイバー。その男ってのは何だったんだ?」
「ええ、前回の聖杯戦争でアーチャーだった存在なのですが」
「前回、か。じゃ今回とは関係ないんだろうな」
「うむ、良いこと言うぞ、雑種。褒めてやる。そうだとも、我とは関係無いぞ」
えへん、と薄い胸を反らしてあくまで偉そうな金ょぅι゛ょ。なんていうか、俺とセイバーの間で生暖かーい視線が交差する。
「まあ、それはそれとしましょう。……ところでアーチャー、その姿は一体どうしたのです?」
「うむ、現界しているのに前の姿だと目立ちすぎるし雑事が面倒なのでな。宝具を使ったのだ。子供の姿とか女の姿とかに変われるモノで色々試していたのだが……その、言み、じゃない、我のマスターがこの姿を見て、突然『ょぅι゛ょ萌えー!』とか叫びだしてな。よりにもよって『ずっとこの姿で居ろ』と令呪を使ったのだ。さらに、『元に戻るな』とも。その後、あの男は何と言ったと思う? 『うむ、やはり女性は○○歳以下でないとな。さあ、お義父さん、もしくはお義兄さん、と呼ぶがいい。おっと、“義”は忘れるな。抑止力によって攻略対象外になってしまうからな』だと! あの変態炉利板め。その後、何をやっても元に戻れん。かくなる上は、聖杯を手に入れて男に戻らね……ハッ!」
「……」
「……」
「……」
ピュー、と冬の風が大広間を走り抜けた。俺は遠坂と桜を見た。二人とも肩を竦めて首を振っている。キャスターは頭痛に耐えるかのようにこめかみを押さえていた。バーサーカーは……やべぇ、こいつ、うんうんって頷いてやがる。さては炉か、炉なのか。お前のサイズでそれは拙いだろ。
「あ……」
下を向いてふるふると震えているょぅι゛ょ。
「あ……、あは、アハハ。アハハハハハハハはハハはははははハハはハハ!」
狂ったように嗤いだした。あー、何か不味い気がする。
ょぅι゛ょの背後の空間が歪む。次々と何もないところから剣が湧き出てくる。
ヤバい。
見ただけで分かる。それらは全て魔剣、名剣の類。一本ですら、俺を殺すのには十分。それが無数と言って良い数現れる。
「……我の財で、その身ごと記憶を抹消してくれるわーーーー!」
「まあ落ち着きたまえ、ょぅι゛ょ?」
「ょぅι゛ょと言うなーーーーーーーーー!」





「あらあら、ライダー。もうオイタはお終い?」
「ヒ、ヒァ……ァ」
「どうやら私みたいなスィートな小悪魔キャラにトラウマがあるみたいだけど……それなのに私を愛玩しようなんて、身の程知らずも良い程ね。それともあれかしら。もしかして私に虐めて欲しかったのかしら、貴方? それならそう言えば良かったのに。ええ、良いわよ。どうせ時間も有りそうだし。たっぷりと、ね?」
「ぁ、ぁ、も、もう、止め、ね、姉様ぁ……」
「ふふ、うふふ、駄目よ。まだまだこれからだもの」





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