聖杯戦争は終結した。
幼なじみでもある冬木の管理人と手を結んで。
欺瞞に満ちた正義の味方や、聖杯への妄執にまみれた騎士王を打ち倒し。
呪われた聖杯をぶち壊して。
この俺、言峰士郎の聖杯戦争は終わりを告げた。
その最中に、いかれた養父が死んだのはまぁ、必要経費。
今頃、ゲヘナで過去自分が陥れた連中と宜しくやってるだろう。
結局、あんたの望みを絶ったのは俺だけど。
それでも俺はあんたに感謝している。
……愛してたぜ、糞親父。その魂に安らぎあれ。
『太陽と一緒に その2』
常ならばがらんどうの空間でしかない冬木の教会の地下室は、本日に限り開店セール中にデパートの倉庫のなかの如き混沌とした様相を呈していた。
「うーむ、たまには、と思って整理のため一部を展開してみたが……面倒だのぅ」
うずたかく積まれた古今東西の物品はすべて、その中央にてふんぞり返る美女の"蔵"に存在しているもののほんの一部だった。一応"蔵"にしまったものは必要な時に必要な物を取り出せるため、整理といったところで部屋の模様替えより意味はないのだが、"蔵"の中身にたまに眼を通すのも所有者の務めということで、彼女は気が向いたときにこうやって中身の一部を展開しては内容をチェックしていた。
「うーむ。いっそシロウを"蔵"の中にぶち込んで整理させるか。しかしその間のここの掃除をする人間が居ないのも困るしのぅ……。そもそも今、"蔵"の中に人間をぶち込んだらどうなるのだ? うーむ」
今度シロウで試してみるか。あ奴なら少々のことでは壊れはすまい。まぁ、少々の怪我で動けなくなるならそれはそれで好都合。身動きの取れないシロウを……いやいや、思考がそれた。そういうお楽しみはまたそのうちだ。取りあえず今は……。
「うん?」
とりとめの無い思考を漂わせていた彼女の視線が一点で止まる。
「ほうほう、これは……ふん。そういえばこんなモノもあったよの」
クツクツと含み笑う。もしその様子をこの教会の若き主が見たなら背筋を凍らせたであろう笑み。それはあの赤い悪魔が彼で遊ぶときに見せる笑みと酷似していたから。だが幸いなことにこの場に彼は居なかった。
「ククク、ちょうど良い。退屈を紛らわせるためにも、此処は一つ楽しませて貰うとするか」
ジメジメした梅雨の昼下がり。俺は協会からの書簡に眼を通していた。聖杯戦争の事後処理はほぼ終わったとはいえ幾つかの書類整理や細かい調整の方は残っているのである。
「てか協会関係なら遠坂の方に送れっての。アイツがこの街の"管理人"だろうが」
思いっきり毒づきながらコーヒーへと手を伸ばす。ありゃ、空か。
「む、何だシロウ。仕事中か?」
地下でなにやらごそごそとしていたギルガメッシュが何時のまにやら上がってきていたらしい。俺の部屋を覗き込んでいる。ジメジメとした熱さのせいか、タンクトップとホットパンツというヒドク眼の毒な服装である。ゴッド! グッジョブだ!
俺は心の中で感謝の祈りを捧げ、地獄に居るであろう親父に向かってサムズアップしてから立ち上がった。
「いや、一息入れようかと思っていたところだ。コーヒーでも淹れようかと思うんだが飲むか?」
「む……ふむ、ちょうど良いな」
「うん?」
「いや、気にするな。今日は我が茶を淹れよう」
「……は?」
「何だ、その反応は。ひどくむかつくぞ」
むっと顔をしかめるギル。とはいえ、なぁ。
「いや、だって。ギルってお茶淹れたこと無いじゃん」
お茶が欲しくなったら俺を呼び出して淹れさせるほどだし。自分で淹れるって発想が無いモノだとばかり思ってた。
「当たり前だろう、それは貴様の役割だ。それを得意とするものが居るならそいつがそれを為すのは当然だろう」
「……ならどうして今日に限って自分がお茶を淹れようって言うんだよ。っていうか、ギル、お茶の淹れ方って知ってるのか?」
「む、我をなめるなよシロウ。その程度のコトも出来ずなにが王か。ええい、貴様が今まで飲んだことも無いようなお茶を淹れてくれるわ!」
「とは言っても、家にあるのは安物ばかりだぞ」
「フフン、その程度の問題は我が蔵が解決してやろう。神に献上されていたほどの逸品、味あわせてくれるわ」
なにかおかしい。俺の第六感が危険信号を発している。これはあれだ。わが親父殿が初めて『今日は旨い物を喰いに行くぞ』とかぬかしやがった時と同じ感覚だ。ちなみにその時食ったのはかの外道マーボーだったりする。いや、アレは旨い不味い以前に食い物じゃないだろう!
「それとも何か。シロウは我が淹れたお茶なんかは飲みたくないというのか? シロウはそんなに冷たい奴だったとは……残念だ」
どことなく悲しげな顔のギル。くそう、遠坂の影響か、最近よく見てる昼メロの影響か、こいつは最近こういった芝居めいた小技を使ってくる。そして芝居だと分かっていても言峰士郎には効果抜群だったりする。しかしここで引いては我が身が危うい……ような気がする。
「いや、あのな」
「うん、実に残念だ。……王の施しを受け取らぬとは……ということはアレだな。今後は生活費の方も入れなくていいと言うこ『分かった、ギルにお茶を淹れて欲しい』…………最初からそう言えばいいのだ、うつけ者が」
生活費と侮るなかれ、どういうわけかギルは金銭運が高い。ぶっちゃけてしまうと、聖杯戦争でガタがきている教会の修繕費用までギルから出ていたりする。つまり今、ギルからの資金が止まってしまうと、俺は特定自由業の方から追われてしまうかもしれないほどだ。くそ、うちの親父はどこに財産隠しやがったんだよ。
「では淹れてこよう。ここで待っているが良い」
上機嫌でキッチンへと向かうギル。一抹の不安がないでもないが、実のところ結構楽しみな俺。だってアレだぞ。"この世の全ての財"を持つという英霊が持ってるお茶だぞ。期待するなって方がオカシイ。それも給仕は絶世の美女ときた。
「うーん、こんどはメイド服でも着て貰おうかなぁ」
着せるのは多分聖杯戦争以上の困難が待っているだろう。だがその困難を乗り越えずしてなにが漢か。
「とりあえず遠坂に聞いてみよう」
たしか昔アイツんちに居た使用人のお仕着せがメイド服だったような記憶がある。
「何を間抜け面を緩めておる。ニヤニヤと笑っておらず机の上をかたづけるが良い」
いつの間にかトレイを持ったギルが部屋の入り口に立っていた。俺は大あわてで机の上の書類を片づける。
コトン、と俺の前に置かれる湯飲み。湯飲み? 備前焼きの重厚な奴だ。でもこの香りは紅茶……だよなぁ。ふくよかに立ち上る上品で力強い香り。微かにハーブ臭も感じられる。でもなんで湯飲み?
「む、なんぞ文句でもあるのか?」
俺の表情をみてギロリと視線を合わせるギル。イエ、ナニモアリマセンヨ?
「いや、頂きます」
「うむ。感謝して飲むが良い」
自分の分はお気に入りの陶器製かよ。まぁ、良いけど。
とりあえず一口含んでみた。……うぁ、すげぇ。香りが口の中で花開く。甘みと渋みが混然となって喉に滑り落ちる。後味はどこまでも爽やか。
「……うん、美味い」
「本当か?」
「うん、美味いわこれ」
ホッとした表情のギル。俺はそのまま湯飲みに口を付ける。二口、三口。後味の爽やかさもあるが、
「嵌る味って奴だな」
「うん、そうであろうそうであろう。我が持つ茶でも特に香り高い一品だからな。味と臭いを誤魔化すのにはちょうど良い」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「ハイ?」
ニヤニヤと、どこぞの木の上の猫のような笑みを浮かべている金の魔王。その笑みは俺の幼なじみの表情とひどく似ている。じゃなくて、今コイツは何て言った? 味と臭いを誤魔化す? 見るとギルの分のお茶は全くの手付かず。
「な、にゃにぅお、まじぇた」
げ、舌回ってないぞ。てか視界がぐるぐる回っている。
「うん、何を言っておるのか分からん。分からんから気にせんぞ」
「んゃんにんぅや〜ぁ」
拙い。目の前が真っ暗に。既に体の感覚も無く、その身が椅子から滑り落ちるのをただ為す術もなく……。
「おっと、怪我でもしたらどうする。危ないではないか」
『お前が言うな〜!』
暗く落ちる意識の中、俺のツッコミは口に上ることもなく、そして意識は闇に落ちた。
覚醒は速やか。目覚めようとする意思は一気に意識を現実に引きずり戻す。
「ぅあ?」
電灯、付いてる? 窓の外は真っ暗だ。そっか、もう夜なのか。
「……ぅ?」
部屋の中に誰か居る? 視線を巡らせると俺の椅子に座ったギルがじっと俺を観察している。
「?」
寝顔を観察していたのか、趣味悪いな。どうやら俺はベッドに寝ているようだ。
「!!!!」
て何で俺何も着てないんだ? 慌てて体に掛けられていたシーツを引っ張りあげる。
「てめぇ、ギル。人に一服盛って何しやが、ッ、た……?」
あれ? あれあれ? 何でこんなに声が高いんだろう? と言うか、この部屋、こんなに広かったか?
「ん、まだ何もしてないぞ。まぁ、服を着て寝ると皺になるから脱がせたが。そこを今更照れてもしかたあるまい?」
その眼は真剣に俺を見つめている?
「いや、しかし……うむ。ほんの暇つぶしの余興のつもりだったのだが……う〜む」
何かギルの眼がヒドク怖い。
「……?」
「ああ、気が付いてないのか? とりあえずシーツの中を見るが良い」
「……」
み、見たくねぇ。けど埒も開くまい。とりあえず俺はくるまっていたシーツの中を覗き込んだ。わぉ、生えて無い。いや、ナニは在るんだがずいぶんと侘びしいっていうか。……子供?
「なぁ、なんで俺、子供に戻ってんだ?」
「まぁ、気にするな。余興だ。そのうち元に戻る」
「いや、なんでさ」
「うむ、我ながら良いアイデアであった。しかし……」
さっきから片時も俺から眼を離さず、なめるように上から下まで視線を走らせているギル。
「あー、その。なんだ。な、何かなー?」
とりあえず逃げる準備は万端だ。あの視線は危険だ。このままアレに晒されていると確実に良くないことが起こる。じっとりと背中を走る嫌な汗。
「……うむ、その、何だ……つまりだな」
軽く頬を赤らめ、視線を逸らすギル。ちゃーんす! シーツにくるまったまま、ベッドから飛び降りる。目指すは出口。妨害は無い。虚をついた俺を捉えることなど出来まい。
「うん、エルキドゥ!」
ゴン! 突如現れた鎖に足を引っかけられ顔面から床にキスしてしまった。
「ミギャ! 痛って〜……」
「……シロウ、何故逃げる?」
背後からすっと差し伸べられた手がひょい、と俺を持ち上げる。そのままお姫様ダッコに。
「顔を打ち付けたようだが大丈夫か? うむ、ちょっと赤くなっているな」
ぺろり、と打ちつけたところを舐めあげられた。
「待て、待て待て待て待てマテマテマテマテ、ちょっと待てーーーーーー! 眼! 眼おかしいぞオマエーーーー!」
「うん? 別段おかしくないぞ? ちゃんと見えてる」
「いやそうじゃなくて! そうじゃなくて! オカシイっていうかぁゃしぃぞーーー」
「あははははははは、気にするなシロウ。愛でてやろう」
「いやだからちょっと待てーーーーーーーーーーー!」
後書き
オチを士郎女性化と子供かで迷ったのですが、より面白かった子供化を選択。ホロウの子ギルの件もありますし、より無理がないかと。