聖杯戦争は終結した。
幼なじみでもある冬木の管理人と手を結んで。
欺瞞に満ちた正義の味方や、聖杯への妄執にまみれた騎士王を打ち倒し。
呪われた聖杯をぶち壊して。
この俺、言峰士郎の聖杯戦争は終わりを告げた。
その最中に、いかれた養父が死んだのはまぁ、必要経費。
今頃、ゲヘナで過去自分が陥れた連中と宜しくやってるだろう。
結局、あんたの望みを絶ったのは俺だけど。
それでも俺はあんたに感謝している。
……愛してたぜ、糞親父。その魂に安らぎあれ。





『太陽と一緒に』





 ということで言峰士郎には、静穏な日常が……戻ってこなかった。なぜなら、
「おい、貴様。なぜ我がこのような格好をせねばならん。我に相応しいものをとは言わんがもうちょっとマシなものがあろうが!」
 やたらと尊大で自分勝手な、
「おいと言うておろうが! 貴様は何故そう人の話を聞かん? 我が話をしておるのだ!」
 豪奢で高級嗜好な、
「ええーーい、こっちを向けい、この無礼者がー!」
 さっきからやたらと可愛らしい声で怒鳴っている俺のサーヴァントがいたからだ。

「あー、何だ。ギル……一応礼拝堂だから静かにな。声が響くから、此処」
 とりあえずそんなことを良いながら、着替えてきた彼女と目を合わせた。……やべぇ、似合いすぎ。
 長身の、スラリとしたバランスの良い肢体。一度目を合わせたら引き離せないほどのまばゆい美貌。全てを従えんとするその圧倒的なまでの存在感。まさに地上に降りた太陽の化身のようなその身を包んでいるのは……
 修道衣だった。いわゆるシスター・ギルだ。しかも律儀にきっちりとヴェールまで完全装備しやがってます。
「貴様が話を聞いてないのが悪いのだろう。大体だな、我の身を包むのならこの様な黒一色などという……シロウ?」
 なんていうか、髪が全部隠れているせいで、その彫りの深い美貌がなおさらに引き立てられてしまってます。
「シロウ。さっきからあれほど人の話を聞けと言っておるのにまだ貴様は……」
「ギルガメッシュ!」
 ガッシと肩を掴んで、俺はその瞳を覗き込んだ。
「な! な、ななな、なんだ?」
 さっとギルの頬に朱が走った。常日頃から傲慢オーラ全開で人を見下ろしている彼女は、正面から自分が覗き込まれると弱い。ここぞという時のための切り札だ。今こそ使うべきだろう。
「すげぇ似合う。つーか似合いすぎ」
 ああ、顔が深紅に染まっちゃったよ。湯気が出そう。まぁ、俺の顔も似たようなものだろう。こいつを見た瞬間から心臓が全開運転してやがる。
「あ、あああ、あ、当たり前だろうが。わ、我を誰だと思っている。どんな服でも着こなしてみせるわ!」
「ああ、そうだな。ギルは綺麗だから、きっとどんな服でも似合う」
「う、うむ、当然だ。分かっているではないか」
 そして見つめ合う俺たち。これ以上の言葉は不要だろう。閉じられる勝ち気な瞳。そして俺は彼女の唇に……
「……貴方達さぁ、一応礼拝堂で、神職の格好して、ついでに他人も居るんだからラブシーンは止めてくれる?」
 あーっと、居たんだっけ、遠坂。

 聖杯戦争の最終局面、呪われた聖杯の真下で剣の英霊と戦ったギルは、その余波で聖杯から流れ出た黒い“ナニカ”を浴びながらも勝利した。呪いに溢れていた聖杯は破壊したが、ソレを浴びてしまっていたギルは受肉してしまった。ギルにかかった呪いを跳ね返すために俺と遠坂は西奔東走。その甲斐あって、ギルは変わらずに現界し、そしてここに居ることを選択してくれた。……ぶっちゃけると一緒に住んでいる訳で。で、教会で一番自然な服装ということで修道衣を着せてみた……いや、決して下心なんかアリマセンヨ、ウン。

「まぁ、教会から代わりの神父が来るまでは俺が代行することになってるしな、ギルもしばらくは我慢してくれ」
「……仕方なかろう。この格好もこうしてみるとそれほど悪くもない」
「士郎が褒めてくれたしねー。でもまぁ、シンプルだからこそ、貴方の綺麗さがより引き立ってると思うわよ」
「フン、ではリンも着てみるか?」
「……止めておくわ、勝てない戦はしない主義なの。で、神父の代わりは何時来るの?」
「さあなぁ、一応報告は入れておいたけどな。下手するとそのまま俺が引き継ぐかも。なにせ冬木の神父をやるのは色々あるからな」
「まぁ、魔術師の管理地だしねー、下手な奴は送れない、か」
「そういうこと。俺なら”遠坂”とのパイプもあるしな」
「そうね。さて、そろそろ帰るわ。協会への報告書のコピーも渡したし、面白いものも見れたしね」
「ああ、サンキューな。世話かけたな」
「リン、また来るが良い」
「ええ、ギルも暇なときは遊びに来なさい。あんたと居るとお金に不自由しないから大好きよ」
「し、下のものに施しを与えるのはのは王の義務だからな……」
 あけすけな遠坂の台詞に、憎まれ口を叩きつつ照れているギル。この二人の距離はこのくらいがちょうど良いのだろう。そして遠坂は礼拝堂を出て行った。そして礼拝堂に静けさが戻る。
「しかし、ギルが遠坂と仲良くなってくれて良かったよ」
 出会ったころは徹底的に仲が悪かったから特に。
「ふむ。お互い理解しあうのに一番早いのはぶつかり合うことだろう? 我とシロウも衝突しあったではないか。まぁ、絶対譲れないものに決着が着いたせいもあるが」
「? まぁ、ギルからそういう言葉が出るとは思わなかったな」
 俺の台詞に軽く肩をすくめるギル。
「かつての友ともそうだったからな。……我にとっては弟みたいな奴だった。馬鹿で、出来の悪い、お人好しで、真っ直ぐな……。ああ、そうか……」
 少しお前と似ているな、とポツリと呟いた。きっと見間違いだろう、その姿がとても儚く見えたのは。けれどそういう風に見えたからには彼女を繋ぎ止めよう。この太陽が無くなると、絶対に俺は世界を見失う。
彼女の手を掴んで引き寄せ、柔らかく抱きしめた。身長が同じくらいなため、彼女の顔が目の前に来る。その頬にキスしてから、彼女の肩に頭を預けた。
「俺は友達じゃなくて恋人のつもりなんだけどな……」
「……馬鹿者」
 吐息とともに囁かれた台詞。こてん、と彼女の頭の重さが俺の肩にかかる。ヴェールが頬にくすぐったい。
「まったく、さっきリンにも言われただろうに。一応礼拝堂だぞ。代行とはいえ神父が愛を囁き女を抱きしめるとは……」
「どうせ誰も来ない。それに……」
 もうちょっと強く抱きしめて。
「消えてしまいそうで放っておけなかった」
「……まったく、馬鹿者」
「そうだな、俺、馬鹿だ」
「……なぁ、シロウ。本当に我で良いのか? 受肉したとはいえ我は英霊。この身はこの世界ではかりそめの客だ。英霊の座より移された唯のコピーに過ぎん。時が至れば元の座に戻るのみ。それに……その……」
 聞こえないくらいに小声で
「我はわがままで可愛げも無いしな……」
ああ、ダメだ。この台詞はダメだ。完膚無くヤられた。完璧な致命傷だ。どうしてこう、コイツは俺の弱いところを突いてくるんだ。
「馬鹿。今のギルはここに居ることを選んだ唯一人のギルだろ。英霊の座にギルなんて俺は知らない。ここに居るのは、我が侭で強情で自分勝手で金銭感覚が破綻していて口が悪くて偉そうで、もうちょっと家事を手伝ってくれたら良いなーってまぁ、それは良いんだけど、それでいて、寂しがり屋で綺麗でどうしようもなく可愛いくて……」
 全力で抱きしめた。
「俺が滅茶苦茶に惚れてしまった恋人なんだから」
 言っちまった。ああ、今の台詞は危険だ。録音でもされていたなら恥ずかしさで憤死してしまう。でもまぁ、偽りのない本心。本心なんだから恥じる必要も無い。ここには俺達二人しかいないし。
 ふと気が付くと、腕の中のギルが小さく震えていた。泣いてる?
「…………ク、クク……クククク」
 小刻みに……笑ってやがります。人の一世一代の台詞を。……ま、良いか。普段のギルに戻ってくれるのなら安いものだ。
「……シロウ。なにやら人のことをいろいろと聞き捨てならないようにを言っていたようだが……」
 ギルの腕が俺の背中に回り、ぎゅっと抱きしめられた。お互いに抱き合う形になる。
「フゥ……今日だけは、その……許す、ぞ……」
 震えたまま。顔をぎゅっと俺の肩に押し付けて。だから俺はヴェール越しに彼女の頭を撫で続けた。彼女の震えが止まるまで。

「そういえばさ、ギル」
「なんだ」
「さっき言ってた遠坂との決着の“絶対譲れないもの”って何だったんだ?」
「……貴様本当に分かっておらんのか?」
「だからなにさ?」
「……分かっておらんのなら分かるまで考えてろ。我の口からなぞ恥ずかしくて言えるか、この馬鹿者」










後書きめいたもの

 ギル子ネタ。初出は某掲示板某投稿板。スレの方でギル子ネタが盛り上がったので書いてみたものです。なぜ言峰士郎かというと、一番、士郎がギルを召還するのに無理がなさそうだから。綺礼が使った触媒を受け継いだということで。この話に置いてギルは第四回聖杯戦争で受肉しておらず。呪いで病気な衛宮切継は存命でしたが召還したセイバーがイリヤと組んだためやられます。で、セイバーはイリアのサーヴァントとなり最終戦でギル子とやり合ったという妄想。という細かい裏設定など聞き流して下さい。どうせ些末です。

なお、ここの”我”は“ワタシ”と呼んでください。


蛇足ですが、最後の台詞の初期バージョン

「そういえばさ、ギル」
「なんだ」
「さっき言ってた遠坂との決着の“絶対譲れないもの”って何だったんだ?」
「……貴様本当に分かっておらんのか?」
「だからなにさ?」
そんな俺に彼女は、太陽のような眩しい笑みを向けて。
「貴様のことだ、シロウ」





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