アチャ?子さんvsランサー(捏造戦闘シーンその1)





 しかし――
 この身を害さんとする一閃は、この身を護らんとする連撃に退けられた。
 紅い外套が、ふわり、と夜気を孕んで翻り、そしてその主共々目前に舞い降りる。
 暗く冷たい土蔵で、
 月明かりを背にして、
 それは異国の舞姫のような衣装を纏った異相の存在。
 神速を体現した一突きを流し、弾いたその舞に似た動きは、流水の如く、旋風の如く。
 その太刀筋を眼にし、少年には何故か理解出来た。それが幾多の戦闘によって積み重ねられ、淘汰され、鍛え上げられたものであることを。
 
 ズクン、と脳に衝撃が響いた。意識に何かが浸食してくる。それは物理的衝撃すら伴うかのような痛み。視界、いや五感全てが赤く染まるかのような苦痛。意識を闇へと狩り取られる。





 「あれ?」
 其処は果ての無い荒野。砂混じりの風が絶え間なく吹き渡る。空は赤く染まる曇天。
 此処は“果て”だ。■■■の原初にて最果て、基礎にして究極、道は違ったけれども■■■という存在故に辿り着いてしまった極地。
 大地に並び立ち、突き立てられた無数の■、故にその名を――――――





 けれどそれは記憶することすら能わず流れていく。受け手にそれを理解出来るだけの下地が未だ準備出来てないが故の欠落。だから今は世界はその手からこぼれ落ちる。

 酩酊感にも似た目眩に一瞬だけ眼を閉じていたようだ。軽く頭を振り、少年――衛宮士郎は眼の前に立つ彼女に注意を向けた。
 陽に焼けたかのような褐色の肌に編み込まれた純白の長い髪、年齢不詳だが整った顔立ちは作り物めいた無表情。士郎より頭一つくらい高いその身を包んでいるのは赤と黒を基調とした国籍不明の、ついでに言うと用途不明の服装。手に持っていた筈の黒白の双剣は何時のまにか何処かに仕舞われてしまったようだ。
「問おう」
 呆然と見上げるだけの士郎に掛けられた硬質の声。
「貴方が私のマスターか?」
 淡々とやや低めだがよく通る声が闇を渡る。その瞬間、士郎の左手に痛みが走った。焼きつくかのように、切り裂かれるかのように。その傷みに士郎は思わず左手の甲を押さえつけた。
「令呪……。ならばサーヴァント・アーチャー、召喚に従い参上した。これより我が身は貴方の敵を狙う弓となり、貴方の障害を打ち抜く矢となろう。ここに契約は完了した」
「け、契約って、何の――――?」
 士郎の疑問に彼女は初めてその表情を崩した。何か懐かしいものか儚いもの、あるいは憧れたものを見つけたかのような透明な微笑を浮かべ、そして軽く頷いたのだった。
「疑問は後でまとめて答えましょう。今は――」
 彼女は体を翻して土蔵の外へと向かう。両手には何時の間にか先ほどの双剣が握られている。それは細身の直刀。拵えからして大陸の……剣。その剣に何故か惹きつけられていた士郎は、また同時に強い違和感も感じていた。まるでそれが何か捻じ曲げられて在るかのような違和感。先ほどから続いている軽い……頭痛。
「躾のなっていない駄犬を処理しましょうか。話はその後で」





「貴様……俺を犬と言ったか」
 律儀に土蔵の外で待っていた男にも聞こえたのだろう、空間を軋ませるかのような殺気を撒き散らして彼は手にしていた槍を構える。
「!」
 駄目だ。いくら武器を持っていたってあの男に普通の人間が叶う筈が無い。士郎は体の痛みを無視して、土蔵の外へ出ようとして――崩れ落ちた。それは体のダメージのせいなんかじゃなく。振り向きもせずに打ち込まれた彼女の裏拳がその鳩尾にめり込んだからだ。しかも柄頭で。さすがにその行動に毒気を抜かれたのか、男の殺気も少々薄れていた。
「あー。あのよ。……その小僧が貴様のマスターなんだよな?」
 その台詞に彼女は肩をすくめる。
「ええ、彼が私のマスターだけど、何か?」
「いや、なんて言うか……マスターに対する扱いがアレというか……良いのかよ?」
「おやおや。マスターを自ら殺すようなサーヴァントや裏切って主を変えざるを得なかったサーヴァントに比べれば可愛いものでしょう? 貴方が言う台詞じゃないね、ランサー」 
「……貴様……何を知っている?」
「それに答えるとでも?」
 滑るような歩行で庭に降り立つアーチャー。左手の黒い剣を一振りして風切り音を響かせる。詰まっていく間合い。
「チ、まぁいいさ。しかしまた二刀使いかよ。しかも色まで一緒とは……貴様がセイバーか?」
「? いや、アーチャーだけど?」
 その瞬間、男――ランサーの槍が一閃する。
「ハ! 悪ぃがアーチャーとは一戦済んでてな! テメェがアーチャーの訳が無かろうが!」
 そのまま暴風と化してランサーの槍が奔る。その瀑布のごとき連撃を手にした双剣で流しながらも彼女は少しずつ後退していく。
「いやいや、君が一戦やらかした方が違うかも知れないぞ? 君の会ったのがアーチャーだという確証は何処にあるのかな?」
「ッ、減らず口を」
 刹那の合間に行われた何十度目かの打ち合いの最中。それまで左右に散らしていたランサーの槍を彼女の双剣が上方に打ち流した瞬間に、一瞬の間を突いてその両手から双剣が投擲された。それは高さと早さを微妙に違え、ランサーに向かって直線上に走る。投げた本人は大きくバックステップを踏み、ランサーとの間合いを離した。だがそれはあまりに愚策ではなかろうか。剣使いが自らの武器を投擲し、あまつさえ間合いに優れる槍使いを相手に距離を取ろうとするとは。
 ランサーは向かってくる剣を注視しながら、引き戻した槍を構え直す。槍が届く間合いからは少し離れてしまったがその身はランサー。サーヴァント中最速を誇るこの身の踏み込みからは逃れることは叶わない。
 矢避けの加護を持つランサーにとって眼に見えている相手からの飛び道具はよほどの宝具でないかぎり簡単に対処出来る。だからランサーは離れた処に立つ彼女に狙いを定めた。そして気が付いた。彼女の顔に浮かぶ狩猟者の笑みを。彼女の口が何か呟いた瞬間――
 ランサーの視界が白く染まった。目前の剣が閃光とともに爆発、その光が一瞬ランサーの眼を眩ませ、その余波が軽く体勢を崩す。
「何ッ!」
 一瞬とはいえ、この隙は拙い。体勢を崩しながらも牽制に槍を一閃させつつ、ランサーは距離を取るため後方へと飛びずさる。視界の回復とともに、間合いを詰めてきているはずの剣使いを迎撃する! 
 しかし回復したランサーの視界に映ったのは先ほどと変わらぬ位置に立つ赤い外套だった。その手にはいつの間にか引き絞られた状態で弓が握られている。
「I am the bone of my sword――――君の逸話に関しては生前調べたことがあってね。矢避けの加護がどれほどのものか見せて貰おう!」
 引き絞られた弓から放たれる矢は強大な魔力を伴ってランサーに迫る。槍で弾くには体勢も距離も不十分。だが避けるだけなら可能。瞬時の判断でその射線からなんとか軸をずらすランサー。半瞬前までその頭部が在った場所を凶悪な存在感を伴った矢が通り過ぎる。掠めた余波が頬を浅く切り裂く。
『っく、当たってもないのにこれかよ』
 ランサーの口が凶悪に歪む。それは肉食獣の笑み。今回、これほどの敵と相見えたことへの喜びだった。令呪の縛りさえ無ければこの戦闘に没頭出来るものをとの悔恨が胸を過ぎる。だがまずはこの戦闘から離脱しなければ話にならない。幸い相手は未だ二射目の準備が出来ていない。なら一発かましてとんずらするだけだ。
「貰ったッ!」
 彼女に向けて一気に間合いを詰めるランサー。そのランサーに対してニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた彼女は、弓を構えるどころかそれをいとも軽く投げ捨てた。
「停止解凍(フリーズアウト)、投影完了(トレースオン)」
 振りかぶったその手に現れたのはその身には不釣り合いなほどに巨大な、そして無骨な大剣。
「な、んだ、と!」
 驚愕は一瞬、だがその刹那で彼女には十分。その凶悪な重量を以て斧剣をランサーの頭上へと叩きつけた。全速で突進していたランサーはその一撃を回避出来ず、槍を以て迫り来た斧剣を受け止るのがやっとだった。
「グ、ゥッ!……チッ。女の細腕で出せる一撃じゃ、ねえぞ、ッ!」
 突進力と乗せていてすら、弾き返すことはおろか、受け止めるだけで精一杯の一撃。しかも頭上の斧剣はじりじりとその高度を下げてきている。
「……詰んだ」
 ぼそり、とした一言に目前の彼女の顔を見直すランサー。戦闘中、あれほど表情を変えていたその顔に、今はなんの感情も浮かんでいない。
「!」
 衝撃とともに背後からランサーの腹部に何かが撃ち込まれた。びしゃり、という水音。視線を落としてみるとそこには奇妙なものが生えていた。先ほど彼女が撃ち、そしてランサーが避けた矢。それがランサーが避けた後奔り去った先で方向を転じ、再びランサーに、彼の視界の外である背後から襲いかかってきたと認識出来たかどうか。その名を『赤原猟犬(フルンディング)』。
「悪いね、方向転換後、君を固定する必要があったんでね」
 しかしそれでも彼は足掻く。全力を以て大剣を押しのけに掛かるが、その大剣はランサーの槍に逆らうことなく流れ、結果ランサーは蹈鞴を踏んでしまう。
「しまっ!」
「投影、装填(トリガーオフ)――全工程投影完了(セット)。 是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」
 八閃。その身に余る大剣を使用し、ランサーの眼においてすら捉えきれない神速の連撃。それを使うことは彼女にとっても限界の領域だった。ランサーの全身を貫いた八撃目と同時に大剣は砕け散った。もはや彼女の両腕にはほとんど感覚が無く、まともには動かすことが出来ない。魔力を治癒に回してはいるが復帰にはちょっとばかり時間が掛かりそうだ。

 永遠にも似た一瞬の後、
「俺の、負けだ」
 どさり、とランサーは彼女の胸の中に倒れ込んだ。
「おい。重いぞ。倒れるなら反対側に倒れろ。こっちも動きたくないんだ」
「ケッ。そのくらいサービスしやがれ。テメェは俺に勝ったんだからよ」
 毒突くランサーにそっと彼女はそっと腕を回した。
「何、君が全力で来ていたら負けていたのは私だろう。宝具を使われる前に倒せたのは行幸だったさ」
 彼女の呟きに満足そうな笑みを浮かべるランサー。
「……フン。詰まらない事になっていた処だったんだが、最後の最後で楽しめたな。良い戦いだったし、それに……」
 ゆっくりと姿が薄れていく。
「いい女の胸の中で逝けるなんざ上等じゃねぇか……」

 その手の内の重みが消えてから、彼女は地面に座り込んだ。ふと気が付いて土蔵の方を眺めやると未だ彼女のマスターは眠りに付いていた。
「……やりすぎた、かな?……まぁ今度は私が君のサーヴァントのようだ……さて、遠坂の方はやっぱりあの“アーチャー”なのかね」
 まぁ、何時までも外に置いておくのも良くないだろう。とりあえず彼を懐かしい邸内に運び込み、それからこちらに向かっている客人をもてなす準備をしよう。











・後書きめいたチラシの裏

 これは某板の投稿板に投下したものの加筆修正板です。元は戦闘シーンと三人称の練習を兼ねて書き出したものです。テンポと描写の兼ね合いが難しいなぁ、と感じました。
 最後の斧剣と射殺す百頭が書きたかったのです。女の子がでっかい剣を振り回すのが良いなぁという嗜好です。
 実際の流れとしては、双剣の『壊れた幻想』で目眩まし。弓と『赤原猟犬』と斧剣と双剣を多重投影準備、弓と『赤原猟犬』はそのまま投影して斧剣と双剣は投影凍結中。斧剣で動きを止めた後の『赤原猟犬』が効かなかった場合は双剣投影で戦闘続行という流れかなぁ、と考えてました。
 最も、最初のプロットでは双剣の目眩まし→偽螺旋剣で広域爆破→ゲイボルク投影、ランサーの動揺を誘う、という感じだったのですが。さすがに衛宮邸の庭で爆破は……ということで今の形に落ち着きました。





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