アチャ?子さんvsアーチャー(捏造戦闘シーンその2)








そして二人は、その“原初”の地で対峙する。

 人気のない公園の中央。寒さに枯れ果てた芝生が広がる広場の両端に立つ二人。普通の人間なら会話はおろか、お互いを認識することすら怪しい距離。
 沈み始めた太陽が世界を燃やすかのように空と大地を紅く染め上げる。

「よりにもよって此処を選ぶか……君のセンスは最悪だな」
 鍛え抜かれた鋼の如き長身を包むのは黒い服に赤い外套。褐色の肌と、その色を失ったはずの白髪も、今は夕日を受け赤く染まっている。その顔に浮かぶ……苛立ち。アーチャーとして召還され、アーチャーと呼ばれ続けた――彼。
「何を言うかと思えば。私達に最も相応しい地だろう? 此処は」
 抜き身の刃を思わせる引き締まった身を包む赤い服に黒い外套。褐色の肌と、編み込んで、背後に垂らされた白い長髪も、やはり赤く染まっている。その顔は皮肉げな笑み。アーチャーを自称しながらも、他のクラスの戦略、戦術、武装を以て戦い続けた――彼女。
 お互いの唇の動きだけで交わされる会話が続く。

「凛と君のマスターはどうした?」
「連れてくる訳が無いだろう?」
「ならばこの戦いに意味は無い。そもそも貴様も守護者なら見てきたのだろう? あの男の果てにある結果を」
 彼の表情に浮かぶのは隠そうともしない苛立ち。その憤怒の眼差し。それを目前にあくまで彼女は涼やかに――
「だからどうした?」
「何?」
 肩を竦める彼女。
「君と決着をつけるのは私のマスターの権利にして義務だろうからね。だから私は君を説得しようとか責めようとか思わないし、当然同意とか共感とかする気も無い。そんなことは私が知った事じゃない」
 その手に現れる黒弓と矢。そして同じタイミングで彼の手にも現れるそれは全くの同一物。
「私の用事はね、アーチャー…………凛を泣かせた君を一発ぶん殴りに来ただけなんだよ!」





 一瞬だけの視線の交錯。そして次の瞬間、二人の手から同時に矢が放たれる。
 自身に向かってくる矢を二人ともが二射目で迎撃する。そして、双方とも立ち位置から一歩も動くことなく、神技とも言える射の応酬が始まった。
 お互いに放たれた矢が必中であることは分かってる。放ったから当たるのではなく、当たるから放つのだから。
 相手を狙う矢と、自分を狙う矢を迎撃する矢。撃つべき矢はその二種類のみ。
 鳴弦の如くに鳴く弓弦がこの地の無念を鎮魂するかのように響き、風を切り裂く矢音がただ狙った的に向けて奔る。
 すでに互いに数十射を越え、まるで一見拮抗しているかのような状況。だがその拮抗も簡単に崩れた。彼の放った一発の矢の速度に彼女は迎撃のタイミングを外され……そしてその矢を一歩横に動くことで避けてしまったのだ。避けるという無駄なロスを生み出してしまったが故に彼女の矢は防戦一方となってしまう。
 「チッ!」
 矢をつがえようとした彼女がその動きを止め……、がしり、と額に向けて飛んできた矢を掴んだ。その手にあるのは自身が放っていたのと全く同じ……鏃の先を潰してカバーで覆った、殺傷能力の無い矢。

 「――やれやれ、弓だとやはり君の方に分があるようだね」
 その手から弓を消す彼女。掴んでいた矢も空気に溶けるかの様に消えてしまう。そしてゆっくりと間合いを詰めるために歩き出す。
 「やはり本職には勝てない、か」
 「おや、君も“アーチャー”では無かったのかね?」
 苦笑とともに、彼の手からも同様に弓が消える。彼女に向かって歩いてくるその手には、いつの間にか黒白の双刀が握られている。そんな彼の台詞に、彼女は微笑を返す。
「君はそれを信じてないだろうに? ま、二刀使いの弓兵らしくない弓兵が居るくらいだ。……弓を使える他の職種が居ても良いだろう?」
 笑いながらも全く悪びれない台詞をはく彼女。
「ふむ、弓とか剣とか……もとより、我らの闘いはそういったモノでは無いはずだな。確かに、そんなことは些末にすぎまい……」
 彼のその顔に浮かぶのはいつもの皮肉めいた笑み。
「チェ、何時もペースを取り戻したか。弓で勝負なんかするんじゃなかったな」
 そして彼女の毒づき。しかしその口元は爽やかな笑み。だらりと下げた両手に現れるのは黒白の双剣。
「ほう、面白いな。骨子はそのままに其処まで構成を組み替えるとは」
 彼女の剣に目を走らせて、彼が呟く。
「其処が私と君の違いの根幹だ。手段として握ったか目的として造ったかの違いというヤツだよ」
 間合いが詰まっていく。
 陽は沈み、夕日の残光すら消え、徐々に闇の帳が世界を覆いだす最中、二人の距離が縮んでいく。
「弓では私の勝ちだったが……贋作者としてはどうかな?」
「さて、ね」
 歩きながら彼女の右手が彼に向けて伸ばされる。その手の剣が彼を指す。そして同様に彼の右手の刀も彼に向けて伸びる。
 一足一刀。その間合いで立ち止まる二人。二人の持つ刃の先が澄んだ金属音を以て打ち合わされる。





 次の瞬間、二人の間に火花が散った。打ち鳴らされる鋼。
 始めは緩やかな、お互いの隙に向けて打ち込んでいくだけの軽い一閃の積み重ね。
 しかしその回転数は徐々に上がっていく。打ち込まれる攻撃もフェイントや連撃などの技術が混ざり出す。
 ぶつかり合う鋼の音のリズムはそのテンポを上げ、細かく動くそのフットワークは流麗な舞踊のようで、もし見る者が居たなら確実に目を奪われたであろう。
 実戦において磨き抜かれた二人の剣技は、持っている武器のせいもあってかひどく似通っており、それ故にお互いがお互いの攻め手が読みやすい状況だった。
「フッ!」
 彼の刀が迷いの無い実直さで振り落とされる。それを体を半歩ずらすことで避ける彼女。ずらした体をそのまま勢いよく回転させて、下段から遠心力とともに打ち抜く。だがフェイク。本命は相手がその一撃に対処した隙への一閃。
 彼女の体が一転し、左手の剣が下方から延びてくる。流すか、止めるか、避けるか、だがこの攻撃はフェイク。本命は右手の剣。避けるのは拙い。隙が出来る。流すか。だが相手は体捌きをそのまま攻め手に使ってくる。幸い、筋力、体格、リーチはいずれもこちらが上。なら止める。左手の剣を刀で止め、右手の剣をもう一刀で迎撃する。
 甲高い金属音。そしてそれに被さるように耳障りな破砕音。
 彼女の右剣が彼の刀に、文字通り粉砕される。
 だが彼女は止まらない。剣が砕かれたのが予定通りだとでもいうように、そのまま間合いを詰めてくる。弓を引き絞るようにその体に引きつけられた右手。彼の視線に映る、にやりと嗤う彼女の笑み。
「投影、開始」
 風を切る音とともに突き出される右手に再び現れる剣。
「……何ッ!」
 だがその速度は、彼の予想を少しばかり上回っていた。首を動かし、半身をずらす反射的な回避行動。そのまま、突いた彼女の右手をなぎ払う一閃で狙い、それをフェイントにして、彼は少し間合いを取ろうとした。しかしその一閃は右手を引くことで避けられる。空振った一閃の隙を狙って殴りつけるかのような横からの左の一撃。それを刀で受け止める。
 パリン、と硝子が割れるような音とともに、彼女の左手の剣も砕け散った。だがその手にはすぐに次の剣が現れる。
 間合いを取ろうとする彼に向けて低く低く踏み込む彼女。彼の膝のあたりまで沈んだ体から弾けるように奔り出る剣閃。
「ッ!」
 速い。剣速が微妙に上がっている。一瞬の驚愕の隙を突いた剣閃の乱舞に、彼は防戦ぎみに追い込まれる。その防御の合間を縫って、彼女の剣が彼をかすめていく。
 拙い、とばかりに打ち込んだ刀は、彼女の剣に受け止められ……そしてその剣は砕けてしまう。しかしその隙をつこうにも次の剣が現れ、彼を迎撃していく。緩急を付け、強弱を変え、幻惑するかのように乱れ舞う双剣。
 自分の刀は一度として破れず、彼女の剣は幾度と無く砕いた。
 しかし追い込まれているのは彼の方だった。
 徐々に後ろに下がらざるを得ない彼。
 読みが微妙に外され続けている。
 剣速は無法則に切り替えられ、打ち込まれる剣撃はその重さを違え、リーチは予想以上に伸びてくる。
 何かを、見落としている。
 しかし、思考の片隅に引っかかる何かを考察する隙を、彼女は与えない。
「鈍いな、君は。いい加減気がつけ?」
 戯言と一緒に彼女の踏み込みが彼の足の甲を踏みつけた。予想外の動きに虚を突かれる彼。そのまま鳩尾に肘が入る。ぐらりと揺れた彼の襟首を、いつの間にか素手に戻っていた彼女の左手が掴みしめ、そのままぐいっと引っ張りこむ。
 両者の間合いがゼロに近付いた。気がつくと、彼女の顔のすぐそばまで、長身の彼の顔は引き摺り下ろされていた。互いの息遣いが顔にかかるほどの距離。
「……ああ、なるほどな」
「ようやく気がついたかい?」
 ここに来て彼は、戦闘中にずっと感じていた違和感の正体、読みが外されていた理由に思い当たる。
「つまり君は、贋作者ではなく、詐欺師だったということか」
「酷い言い草だな、贋作者。せめて改造屋とか調律師とか言ってくれ。しかし注意力が甘いぞ。この場合は観察力か?」
 そう、今となって彼はようやく気がついた。彼女の剣を砕けば砕くほど読みが狂っていったその理由を。記憶に残る彼女の剣はいずれも、同一の骨子を持ちながらも構成を微妙に変えてあったということを。最初は重量を。そして回を重ねる毎に重心やリーチなどを。同じように振るっていても、速度や重さ、リーチが変わる訳だった。
 同じ武器を使い続けているように見せかけて、実は違うモノに入れ替え続けた手法、そしてそれをそうと悟らせない技術は、贋作者というよりは、確かに詐欺師めいている。そして微妙に使用感の異なるはずの武器を、それでも自在に使って見せたその技量。
「解析結果を比べてもすぐには気がつかない程度に改変を抑えるのは結構骨だったよ。ま、それはそれとして……」
 にっこりと彼女は笑って、
 ゴスッ!
 鈍い音を響かせて、彼の頬に渾身の右ストレート捻り付きをお見舞いした。
「とりあえず一発ぶん殴っとくわ」























・後書きめいたチラシの裏


 戦闘シーン練習シリーズその2。疾走感を出そうとしてものの見事に失敗した感のある一品です。気分転換も兼ねて勢いで書いたせいかちょいと微妙感が漂ってます。
 完全にチラシの裏ですが、
 作中で女衛宮さんが使っている双剣は、中国の双剣の形状に近いですが、鞘に入れる必要が無いため、刃峰、鍔、柄は通常の形状をしています。形状違いのバリエーションを多数“丘“に準備してあり、ついでに言うと、アーチャーの使用する双刀のものも数種類存在しているという設定。全てのバリエーションは、骨子をそのままに構成を変更する練習として設計されたものですよ、と。






 

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