拍手ありがとうございます小ネタ DDD T.S.







目覚まし時計の音に、私、石杖所在は眼を覚ます。
早朝の冷気が布団からの脱出を躊躇させるが、それでも人は朝に起きなければならないものだ。
と言うことで、今だ血圧の上がらない状態の胡乱な思考のまま、私は右腕で体を引き起こした。
ベッドの脇に置いたサイドチェストの上のメモを見る。書かれていた言葉は『特になし』。多分何時も通りなのだろう。
不格好に肩を竦めた私は洗面所へ。とりあえず洗顔、歯磨き、ブラッシングと済ませていく。この辺りの行動も多分身体が慣れてきたのだろう、それなりにこなしている。
呆けていた思考が段々と鮮明になり、そしてようやく目の前の鏡に映る人物の顔がまともに見えるようになった。
真っ白い髪をばっさりと適当に切っただけの、やる気の無さそうな眼の、眠そうな女性。細身の身体を寝間着代わりのTシャツで包んだだけのなかなかに扇情的な姿だというのに、どういう訳か、まったく色っぽさとか艶っぽさが感じられない。

――ああ、そうか。

つまりそれは、あるべき物が欠けているからなのだろう。鏡に映る私のTシャツの左袖は本来通っているものが無く、ただだらりと垂れ下がっているだけだった。
そう、私の左手は失われてしまっている。
「まあ、お姉ちゃんって愛されてますからね。なんてったって食べちゃいたいくらいだったみたいだし!」
はっはっは、とか自虐8割やけくそ2割で笑いながら、私はTシャツを脱ぎ捨てて、洗面台の下の棚からブラジャーを取り出した。タンクトップに近い形状のスポーツブラ。ノーホック、ノーワイヤー。片手で着脱可能という時点で選択肢はこういうのしか残らないのだ。まあ、なんだ。寄せたり上げたり形を整えたりする必要のない、この手のブラで十分問題のない私のスレンダーな体型を感謝するべきだろう。別に大きいのが羨ましいとか思っていない。
いや、全然無いと言うことは無くて、少しはあるんだぞ、少しは。後数pほど在ればCに手が届く程度には。その数pが具体的には何pなのかは、記憶がリセットされているせいで覚えていないのだが。――いや、本当だってば。

脱いだTシャツを洗濯機に放り込んでから室内に戻り、適当にチョイスした服を着ていく。時計を確認したところ、まだバイトの時間までは結構あるようだ。
一瞬だけ迷った私は、財布をジーンズのポケットに放り込んで、近所の喫茶店で朝食と洒落込むことにした。





たまにモーニングを食べるためだけに利用する喫茶店のドアを開き、私はいつもの席に行こう……として見知った顔を発見したので踵を返した。
「あー、先輩っ、おはようございます! 先輩? 先輩ーっ」
……気が付かれていたようだ。全力で尻尾を振る犬っころのように迷惑を顧みず朝っぱらからハイテンションに高ギア高回転数の小動物。
さすがに何時までも騒がれていては他のお客さんに迷惑だろう。何より、私がこの店に立ち入り禁止にでもなったら困る。なにせ、此処より安くモーニングセットを提供してくれる店など、ご近所様には無いのである。
返した踵をまた返し、360度ターンを見せた私は、とりあえず小動物の座っている席に移動すると。
「ツラヌイ、オマエ五月蝿い」
椅子に座って、モーニングセットにホットケーキまで付けてやがったブルジョワジーに拳骨で天誅を喰らわせた。
「〜〜〜〜〜っ!」
声を失い悶絶する後輩の向かいの席に座った私は、「マスター、モーニングセット、コーヒーで」と注文を済ませると、目の前にあった(ツラヌイの)おしぼりで拳を拭った。そんな私に苦笑しながら新しいおしぼりとお冷やを出してくれるマスターに右手で挨拶すると、私はお冷やを口に含んだ。
「せーんーぱーいっ、女の人が拳ってどうなんです? それ以前に、可愛い後輩に暴力を振るうのってどうなんです!」
「……ほら、可愛い子に意地悪したくなる気持ちって在るよね?」
「小学生みたいなこと言わないで下さい! というより、目を逸らしながら言われても説得力が無いですよぅ」
涙目で私に食ってかかる小動物は貫井未早、性別男。愛称ツラヌイ、蔑称もツラヌイ。私とは高校時代からの腐れ縁だ。私の記憶が確かなら現在大学生の筈だが、どう見ても中学生くらいにしか見えない小柄で童顔な小僧である。性格は単純明快明朗快活一括会計。一言で言えばお馬鹿な子である。
「な、なんですか、その可哀想なモノを見るような目は」
「……いや、ツラヌイ。オマエさ。……坊主頭にしてみない?」
「え? え! い、いきなり何を言い出すんですか、アリカ先輩っ!」
唐突な私の台詞に、自分の髪の毛を押さえて後退るツラヌイ。
「も、もしかして先輩って坊主頭が好みのタイプだったり!? もしそうなら僕……」
「いや、ひょっとすると坊主頭にしちゃうと小学生と間違っちゃうかなー、なんてささやかな好奇心」
「酷! 非道!」
ツラヌイは喜怒哀楽のハッキリした奴である。しかもそれが全開だったりする訳で、付き合う方も時々疲れてしまうのだ。大型犬と遊長時間遊んでいる様な感じと言えば判って貰えるだろうか? 最近、とみにブリーダーの気持ちが理解できる気がする今日この頃だ。この小動物の面倒を見るのもなかなか大変なのである。
「……というわけで、君、私にご飯を奢りなさい」
「いや、分かんないですよ! 何をどう繋がったらそういう結論が生まれるんですか、先輩。説明して下さい、説明しましょうよ!」
「うん。私はさっき起きたばっかりなんだ。当然、朝食は食べていない。で、ここでモーニングセットを頼んだんだけど、目の前で優しくて先輩想いで太っ腹でブルジョアジーな子が、モーニングセットにホットケーキをプラスするという剛毅な事をやってるじゃないか。ツラヌイはお金のない先輩の前でそう言う羨ましがらせるようなことを平気でやっちゃうような子じゃないよね?」
「むむむ。つまりはお腹が空いているから気が立ってて、さっきから僕に当たっている訳なんですね。判りました。じゃこのホットケーキを半分差し上げましょう」
「それは断る。大体私、一つのモノを二つに分けるのって駄目なんだって。それにオマエと間接ちゅーするつもりも無いし」
「じゃあ、直接ちゅーで……ごめんなさい、嘘ですから、その汚物を見るような目は止めて下さいっ!」





「そういえば、この時間に先輩と会うのなんて久しぶりですね。日中は私に会うんじゃないっ、とか言ってませんでした?」
「言った。だからこんな場所に居るんじゃないよ、ツラヌイ。まあ、奢って貰ったから許すけど」
食後のコーヒーを啜ろうとカップに伸ばした手を少しだけずらして、私は伝票をツラヌイの方へ押し出した。
「ううっ、奢るのは確定なんですね。じゃあ、せめてこんな時間帯から活動してる理由くらい教えて下さい」
がっくりと肩を落としながら、ツラヌイは私の伝票と自分の伝票を重ね合わせる。ふむ、まあモーニングセットの代金分の会話には付き合うとしましようかね。
「あのね。一応私は毎日この時間から活動してるっての。今日は気が向いたから仕事前に朝食を食べに来ただけ」
「あー、じゃあ、これからカイエさんのところですか。すっかり通い妻ですね、先輩! アリカ先輩にショタ属性が在るなんて知りませんでした。だったら僕にもチャンスが在るって事ですね!」
瞳をキラキラと輝かせて、尻尾を全開に大振りする小動物。うわ、殴りたい。もとい、躾たい。
「だ・れ・が・通い妻だ、誰が。あの小悪魔の皮を被った悪魔にその手の感情なんて全然これっぽっちの欠片も無いです。当然ショタ属性も無い訳。つまりオマエにチャンスなんて無ぇのですよ?」
「えー。先輩冷たいですよぅ。たまには先輩思いの後輩にリップサーヴィスしましょうよ? ほら、こんなにも愛らしい後輩ちゃんですよ。胸がきゅん、とか母性本能がほわわっ、とか萌えココロがはにゃーん、とかなるでしょう? むしろなりましょう? というかなって下さい!」
妄想回路全壊で暴走して、目の前で体をくねらせる気持ちの悪い小僧に溜息一つと伝票を残して、私は今日もバイトへと向かうことにした。うん、やっぱり労働って尊いよね。どっかの能天気な学生とは違うのだよ、社会人は。……なんちゃって社会人だけどな。
「ああっ、放置ですかっ先輩っ、そこに痺れる憧れるぅっ!」
……何時か穴掘って埋めたいなぁ。





緩やかに歩を進めることで、中身のない左袖が所在無く揺れる。
……我ながら言い得て妙な台詞だ。所在(ワタシ)が無い左の袖が、所在(ショザイ)無く揺れている、か。

『だって、お姉ちゃん苦しいでしょう?』
普段通りの優しげな、穏やかな、空高く鳴る鐘のように響く声。ただしその時に関しては、祈りの鐘では無く葬送の鐘だったけど。
私の左手を犯しながら、タキシードの下の白いシャツを深紅に染め上げて笑う少年。

私は溜息とともに一瞬過ぎった追憶を振り払った。
まったく、どうしてこう私は年下の男運が無いのだろうか。ツラヌイといい我が弟といい――。
――そして、私の雇い主のあの悪魔と言い……。

……いや、前言を撤回しよう。
脳裏に浮かんだ白衣のアタック・オブ・ザ・サディストマトさんの姿に、私は前言を翻した。
年上の男運も悪いな、私。










DDDのアリカとツラヌイをお茶の人がTSさせるとこんな感じに仕上がります。鬼門はカイエ。あれはどうしようもねーです。




・チラシの裏

実は結構気に入ってます。雰囲気出てると思うのですがどうでしょう?


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