「流れ星が見たい。」 ぽつりと落とすように、少女が漏らした言葉。 其処は、薬品の匂いが漂う病室のベッドの上。 真っ白いシーツに横たわる少女の貌は、透けるように蒼白で、 今にも消えてしまいそうだった。 「ねえ、先生。流れ星が見たいの。」 「・・・この部屋からでは、見えぬ。」 先生と呼ばれた男は、少女の細い手を握りながら、諭すように言った。 男の少女を見る瞳は、悲しそうだった。 消えかけている、小さな、いとしい命を失いたくない。 けれど、自分にはどうすることもできず、ただ、死んでいくのを黙って見ていなければならない。 残りの時間が少なくなればなる程、少女への想いは募る。 悲痛な想いと、いとおしさの入り混じった瞳で微笑みながら、男は少女を見下ろしていた。 「だから見たいの。見える場所へ、連れてって。」 少女は駄々をこねる子どものように、男を見上げて食い下がる。 「無茶を言うな。こんな時間に病人を連れて外出など・・・」 季節は夏だった。しかし、夏とは言っても夜の空気は存外冷たい。 流れ星など、外に出たからと言ってすぐに見られるものでもないだろう。 たとえほんの数分であろうと、そのために少女の体調が崩れることを男は案じた。 それ程に、少女の体はもう、弱りきっていた。 「嫌!今、見たいの!お願いよ、先生。」 「駄目だ。」 「先生!」 「 。頼むから、聞き分けてくれ。我輩は、お前の身体が心配なのだ。」 「・・・・・・」 「・・・もう寝ろ。明日になったら、忘れている。」 そう言って、男は少女の髪を撫でた。少女はもう、何も言わなかった。 少女が眠るまで、男はその手を握っていた。 翌日、少女は意識を失った。 男がどんなに呼びかけても、もうその瞳が開くことはなかった。 医師達の顔にも沈痛な表情が浮かび、もうダメなのだと、悟らざるを得なかった。 それでも男は、必死に祈った。少女の手を握り締めて、奇跡よ起これと、祈り続けた。 しかし、男の祈りも空しく、少女の命は、その夜消えた。 冷たくなった少女の顔を見下ろしながら、男はふと、思い出した。 何時だったか、少女が言っていた、とりとめのない話。 「流れ星って、星が死ぬ時に燃えてる光なのよ。最後の最後に、一番明るく輝いて、 それが私達に見えてるの。死んでしまうその瞬間に、あんなに眩しく輝けるなんて ロマンチックだと思わない?」 男は激しく悔やんだ。 なぜ、あの時、 の我侭を聞いてやらなかったのか。 いや、我侭などではない。望みだったのだ。彼女の最期の、願いだったのだ。 男は、動かなくなった少女の身体を徐ろに抱き上げると、病院の塔の最上階へ駆け上がった。 見上げるとそこは、満天の星空。 絶え間無く降り注ぐ、流れ星。見事なまでの、流星群。 男は、その場から動く事ができなかった。 そしてその双眸からは、次から次へと、涙が溢れて止まらなかった。 少女の身体を抱いたまま、声を上げて泣いた。 男の腕の中で眠る少女の顔は、まるで微笑っているようだった。 最期の最期のその瞬間に、幸せだったと、微笑っているようだった。 (2003.9)
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