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きみは、しらない
いつだって、いちばん欲しいものは、手に入らないんだ。僕のものには、ならないんだ。世界はそういうふうに、できているんだ。この世には、欲しいものをすべて手に入れることのできる人間と、そうでない人間がいる。それは、きっと、自分で選ぶことなんてできなくて、最初から決められた運命なんだ。残酷な、運命。それに逆らうことなんて、僕には、できはしないんだ。 かなしいほどに卑屈な気持ちになりながら、空を見上げた。どこまでも青く澄んで、雲が気持ち良さそうに泳いでいる空は、思い通りにいかない僕のことを見下ろして馬鹿にしているように見えた。視界がぼんやりとかすむ。 かみさま、かみさま、僕はそんなに、大それたことを望んでいますか? 僕の、願いは、そんなに、叶えることの難しいものですか? 「どうしたの?」 草の上に仰向けになっている僕の顔をが覗き込んだ。僕は慌てて飛び起きて、顔を背ける。涙目になっていたのを、見られただろうか。なんでよりによって、こんなみっともない姿を。やっぱり、思い通りにはならないんだ。何もかも、いつだって、僕は不幸なんだ。かみさまなんかいやしない。もしいたとしても、大嫌いだ。 「こんなとこで寝っころがったら、服、よごれるよ?」 は僕の心の中なんてまるで気が付かない様子で話しかけてくる。僕は憮然としたまま、ほっとけよ、とそっぽを向いたまま言った。違うのに。本当は嬉しいのに。に会えて。話せて。嬉しいのに。なんで、よりによって“今”なんだ。 「何か、用か?」 心とは裏腹にそっけない声で、僕は聞いた。何か用があったから、わざわざこんな所まで僕を探しにきたんだろうから。「用はないけど、ドラコに会いたかったんだよ」なんて言葉を期待するほど、もう僕は子どもじゃない。いい加減、あきらめるっていうことを覚えたんだ。そう、僕は、こうやって、大人になっていってるんだ。耐えることやあきらめることが大人になることだっていうんなら、君のおかげで僕は毎日どんどん、大人になっていっている。すごいだろ?ちっとも想像したことないだろ?僕がいつもどんな気持ちで君を見てるか、君はひとかけらも、気付きやしないんだろ……? 「そうそう、聞きたいことがあって、探してたの!」 相変わらず、僕の心の中なんてお構いなしに屈託のない笑顔では言う。笑顔も凶器になるんだってを好きになって初めて知ったよ。君のその笑顔に比べたら、僕の無愛想なんて可愛いものだろ?僕はいつだってその笑顔に深く深く抉られてるんだから。しかも君はそれをちっとも知らない。気付かない。それって、本当に、たちが悪い。君に悪気なんてないから、責めることも僕にはできない。ただやり場のない怒りと痛みを自分の胸の中にとじこめて、とじこめて、とじこめて…………何だか、今、生きてるのがふしぎなくらいだよ、僕は。 「……何?」 「あのね、ドラコもうすぐ誕生日でしょ?何か欲しいもの、ある?」 ────後頭部を、重くて硬い何かで思いっきり殴られたような衝撃をうけた。なんだって、よりによって、それを、訊く?君が、僕に、それを。 僕は思わず言葉を失った。何か返事をしなくちゃと頭のどこかでは思ったのだけれど、どうしても、言葉が出てこなかった。呆然としたように、きっと、目をまん丸にしての顔を凝視していたに違いない。が怪訝そうに僕を見つめ返す。そりゃ、そうだよな。君としてはまったく他意のない質問だろうから。それが一瞬で僕にどれだけのダメージを与えたかなんて、気付くはずがないんだ。だから、そう、早く、何か返事をしてやらなきゃいけない。なにか、へんじを、ああ、だけど、なにも 「……ぼくが、欲しいのは、」 そこまで口にして、次の句が喉のところで止まった。言っちゃいけない。何を言うつもりだ僕は。言ってどうなる?叶うはずないのは分かりきってる上に、言ったらが困るじゃないか。……ああ、でも、もう、僕だって限界なんだ。どれだけ我慢すればいいんだよ。僕ばっかり。君は何も知らないでいつも楽しそうで、そんな君が憎らしくなる時だってあるんだ。辛いのは僕ばっかり。君には何の責任もないというのに、それでも、そんな無邪気な君に、僕の気持ちをぜんぶ告げて、困らせてやりたい衝動にかられる時、だって、あるんだ。 「……ドラコ?」 明らかに様子のおかしい僕の顔を、心配そうにはのぞき込む。やめてくれ。こっちは今、必死で色んなことを堪えてるんだ。戦ってるんだ。そんな、いとも簡単に理性の堤防が決壊するような真似を、そんな何でもないふうに、しないでくれ。いい加減、馬鹿じゃないのか、君は!! 突然、肩を強く掴んで引き寄せられて、は大きな目をぱちくりさせて硬直している。そんなに、驚かなくてもいいじゃないか。また、僕は小さく傷付く。散々傷付いて傷付いて傷付いて……それでも、痛みに慣れるなんてことはない。それは僕が子どもだからか?やっぱりちっとも大人になれていないからか?だけど、じゃあ、大人ってどれだけ図太いんだ。どんなにあきらめることを覚えたって、我慢することを覚えたって、傷付くものは傷付くんだ。 の肩に強く腕を回したまま、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい、顔を近付ける。言葉も出ないくらい、は動揺してる。いい気味だ。少し、思い知ればいい。 「教えてやるよ。僕が、欲しいのは────」 言葉が、出ない。どうしたんだ。僕は。この期に及んで、どうして、言えない。ここまできて、どうして、たったひとこと、君の名前を呼ぶだけなのに。言えない。どうしても。そう、僕に言わせないように、呪縛のように、頭の中で、声が、響いてるから。どんなに覚悟を決めたって、その声に、僕はまだ、逆らう術を知らないんだ。 は、ちちうえの、もの。 僕は、の肩を突き放して、立ち上がった。はまだ驚いていて、ぽかんと僕を見上げる。腹立たしい。何から順番をつけていいか分からないくらい、色んなことが腹立たしい。これ以上この場にいられる自信はないから、情けないけど、こうやって僕はまた、逃げるしかない。ほんとうに、腹立たしくて、なみだが出そうだ。 「欲しいものなんて、ないよ。どうしても何かくれたいんなら、自分で考えろよ。」 それだけ言うのが、精一杯だった。声がふるえないように、平静を装って。不機嫌を装って。僕は、を残してその場を去った。追いかけてくる気配は、ない。ほっとするような、かなしいような。どうしたいんだ、僕は。自分でも、分からない。 空は、相変わらず、穏やかに、僕をあざわらっていた。 (2006.7.2)
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