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嵐の夜が過ぎるまで
酷く、風雨が窓を打ち付ける夜だった。 スネイプは激しい嵐の音を聞きながら、日付けの変わろうとするこの時刻に、一人、校内を見回っていた。仄暗く、足音の他に音を立てるもののない廊下を歩くスネイプの顔は、自身の持つランプの火にぼんやりと照らされ、その蒼白な顔色と陰鬱な表情によって、無気味さを漂わせていた。 常から暗い表情でいることの多いスネイプだが、この夜の彼の表情をそうさせているものは、他にあるようだった。それは、この吹き荒れる暴風雨の所為なのか、それとも、他の何かなのか ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 夜になれば、現れて廊下中で騒いでいる筈のゴースト達の姿も、今宵は見えない。ゴーストまでもが嵐を恐れて、身をひそめて居るかのような、騒ぐ風雨とそれに弄ばれる木々の叫びが響き渡る窓の外とは対照的に、静寂に包まれた、無気味な夜だった。 今宵の空に、月は、ない。 スネイプは徐に足を止めると、大きな窓から、外を見た。そこにあるのは、ただただ、不吉に広がった黒い空と、吹き荒ぶ雨と風。飛ばされた木の葉が忙しなく窓に打ち付けられる。 その光景を黙って見つめるスネイプの瞳は、空よりも遥かに深い黒で、其処には何か、別のものが映っているかのようだった。 嵐の向こうに何を見るのか、暫くそのまま其処にじっとして動かなかった。 半刻ほど経って、スネイプは、自らの監督する寮へ向かっていた。敢えて、スリザリン寮を巡回の最後に回したのには、理由があった。と言っても、些細な理由なのだが。 スネイプは、どう考えても取るに足らぬような、その理由のために、わざわざ遠回りをしてまで順路を変更したことを、自嘲した。 会いたい者が、居た。スリザリン寮の、一室に。 この、嵐の夜に、あのか細い少女は一体どうしているのか。怯えていやしまいか、轟音で眠れずにいるのではないか……。 心細そうなその少女の顔が脳裡に浮かんで、どうしても消えなかった。 「……我ながら、下らぬな……」 そう、ぽつりと呟いて小さく苦笑し、しかしその足取りに迷いは無かった。 幾つもの部屋が並んでいる中の、一つの扉の前で、スネイプは足を止めた。 黙ったまま、扉を叩く。しかし、返事はない。もう一度、叩く。それでも、中からは何の音もしない。もう、眠っているのだろうか。スネイプは己が酷く滑稽に思えた。 軽く溜め息を吐き、そのまま引き返そうとしたが、どこか、まだ何か心残りに思えて、往生際が悪いと分かりながら、最後にもう一度、今度は扉を叩き、名前を呼んだ。 「……、起きているか?」 ややあって、静かに、扉は20センチほど開かれた。 その隙間から顔を覗かせた少女は、スネイプの顔を見て、ひどく驚いた様子だった。 「スネイプ先生…?どうされたんですか、こんな夜中に……」 「……起こしてしまったか?」 「あ、いいえ、まだ起きてました。」 「何度かノックしたのだが、気付かなかったのかね?」 「あ…!すみません、何か聞こえた気はしたんですけど、風の音に紛れていて、気のせいかと…… でも、先生の声がしたので、びっくりして……何か、あったんですか?」 「………」 「先生?」 「……別に、何もない。嵐が酷いので、どうしているかと…。ただの、気紛れだ。」 視線を逸らして、ぼそぼそとそう言ったスネイプを見て、は一瞬きょとんとした後、俄に笑顔になった。 「先生、心配して、来て下さったんですか?!」 「……同じ事は、二度も言わぬ。」 「……嬉しいです!」 「………ふん。気紛れだと、言っている。」 心持ち、スネイプの顔が気色を帯びているのを見て、はたとえようもなく幸せな気持ちになった。 怖かった。滅多に来ない嵐。建物の中に居るとはいえ、風の吹き荒れる音は、何か巨大な化け物が怒り狂っているような気がして、言い様のない、恐怖を感じる。眠ろうと思っても、なかなか眠れなかった。布団を被って、固く目を閉じて、早くこの夜が空けることをひたすら祈っていた、その時だった。 微かに、扉を叩く音がした。けれど、まさか、こんな夜中に訪ねて来る者などあろう筈がない。空耳だ。そう思っていると、また、音がした。今度は、怖くなった。気のせいに決まっている。木の枝が窓に当たった音だ。そう思い込んで、閉じた目に力を込めた。 すると、今度は、聞き慣れた声が、聞こえた。驚いて、閉じていた目を開ける。聞き間違いに決まっている。けれど、もし、間違いじゃなかったら?私が、この声を、聞き間違える筈はない ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 「気紛れでも、嬉しいです…。怖くて、眠れなかったから……」 「……そうか。」 「あの、こんな時間ですけど、お茶でも飲んで行かれませんか?」 「いいのか?」 「もちろんですよ!どうせ、眠れないですし……」 「そうではなく……女が男を“お茶でもどうぞ”と部屋に入れた時は、全て合意の上、ということになるが?」 目を細めて、にやりと笑ったスネイプの言葉に、は瞬時に赤くなる。 「え…!?違います!そういう意味じゃ…っ!」 「何だ、違うのか?」 「え……、いえ、あの、嫌とかそういう事じゃなくて、でも、今の言葉にそういう意味はなくて、」 必死に弁明するその姿が可笑しくて、可愛くて、スネイプは思わず苦笑する。 「まあ、それはどちらでも構わぬが……いつまでもこのような所で立ち話をしていては、他の部屋の者が 目を覚ましてしまう。……お言葉に甘えて、茶の一杯くらい付き合ってやっても良い。」 「………はい。」 扉が、静かに、閉まった。 一人で過ごすには、恐ろしく、たとえようもなく不安になる嵐の夜。 けれど、愛しい者と二人ならば、心を恐怖や闇に喰い潰される事は、ない。 凄まじく吹き荒れる嵐と、どす黒い空に、スネイプが重ねていたものは、愛しい少女の怯える心か、それとも、己自身の、心と、未来か ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (2006.5.22)
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