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「貴様等、ふざけるのもいい加減にしろ!!」
地下牢教室に怒鳴り声が響いた。 声の主は、言わずと知れた、この部屋の主である黒衣の魔法薬学教師、セブルス・スネイプ。そして今は、とあるクラスが魔法薬学の実験を行なっていた。 スネイプの落とした雷に、ざわめいていた教室内は、水を打ったように一瞬で静まり返る。そして、スネイプの視線の先に居るグループの生徒たちは、可哀想に、皆一様に真っ青になり、今にも泣き出しそうな顔をして硬直したまま、俯いている。そこへスネイプはつかつかと歩み寄り、彼等の机の前で立ち止まると、眉間に皺を寄せ、青筋を立て、眼を見開き、子どもが怯えるにはこれ以上ない程の恐ろしい形相で生徒たちを見下ろした。 「此れは一体、どういう事だ、」 スネイプが指差した机の上には、無惨に割れた試験管の残骸が散らばり、調合を幾箇所も間違えたのだろう、鍋の中の液体は、本来発生する筈のない黒煙を上げている。 「どういう事か、と訊いている。」 低く抑え、怒りのこもったスネイプの問いに、生徒は震え上がって俯いたまま、誰一人答える者はない。それが更にスネイプの怒りを増幅させる。 「実験中に私語を繰り返した挙げ句が、このザマだ。」 吐き棄てるように云うと、スネイプは黒衣を翻して教壇へ戻って行く。そして、教卓を“ばんっ!”と拳で強く叩きつけると、教室中に響き渡る声で云った。 「まともに聞く気のない者にものを教えてやる程、こちらも暇ではない。授業は中止する!」 教室内にどよめきが広がる。「なんで俺たちまで…」「私は関係ないのに」等の囁き声が至る処から聞こえてくる。原因となったグループの生徒たちはつっ立ったまま、先程は青ざめていた顔が今度は真っ赤になり、泣き出す者も居た。スネイプは「黙れ!」と云って再び教卓を強く叩いた。 「貴様等全員の緊張感が足りぬから、こういう事になる。連帯責任だ!」 もう誰一人、言葉を発する者は居なかった。再び静まり返った教室をスネイプはぐるりと一瞥する。 「全員、明日のこの時間までに、今日教えた調合に関するレポートを20枚書いてくるように。遅れた者、枚数の足らぬ者が一人でも居た場合は、全員1ヶ月間の謹慎処分とする。例外は無い。以上だ。」 目の前の教師が、今、何を云ったのか、瞬時には判らないという表情で、生徒たちは固まっていた。そんな様子には目もくれず、スネイプは教室の扉を蹴破るように開け、荒々しい足取りで出て行ってしまった。残された生徒たちは尚も茫然としたままだったが、スネイプの足音が消えてしばらくして、一人また一人と我に返ると、皆一目散に図書室へ駆けて行った。 「……聞こえましたよ?」 数分後、スネイプの研究室で、至極機嫌の悪いスネイプに紅茶を淹れながら は云った。 「幾ら何でも、レポート20枚は可哀相じゃないですか?他の授業もある訳ですし……」 スネイプの助手であるは、先刻の授業の時間、教室の隣の薬品庫で、薬品棚の点検をしている最中だった。壁の向こうから突如響いた怒鳴り声に一瞬驚いたが、スネイプが怒って授業を中断するのは初めてではないため、は軽く溜め息を吐いて作業の手を止め、スネイプより先に研究室に戻っていたのだった。 「大体、課題を出すということは、それを採点するという事ですよ?一体誰が……」 云いかけて、一向にの言葉に耳を傾けるつもりなど無いスネイプの様子に、諦めて紅茶だけ置くとは黙って自分に与えられている助手用の机につき、羊皮紙の束を広げた。 明日には数十人分の大量なレポートを採点しなければならないという仕事が急に増えたため、明日に回すつもりだった仕事を今日中に片付けなくてはならくなった。いくら助手の務めとはいえ、このようなとばっちりは勘弁して欲しい、といつも思うのだが、そんなの願い等スネイプが気に掛ける筈もなく、しばしばこういった事態が繰り返されるのが、もはや日常となっていた。 「!此れを見ろ!」 どれくらい時間が経っただろうか。時計は、すでに夕食の時間を指そうとしていた時、それまで一言も言葉を発さなかったスネイプが、俄に立ち上がっての机へやって来た。黙々と仕事に没頭していたは、急に呼ばれて何事かと顔を上げた。目の前のスネイプは随分興奮している様子で、数時間前の不機嫌はまるで消え去っていた。スネイプがこのように興奮するのは、決まって魔法薬の研究に関して何かを発見しただとか、新薬の調合に成功しただとか、そういう時だ。はほんの少し嫌な予感がしたが、自分自身の研究分野でもある魔法薬学のことなので、スネイプが今度は何を発見したのかと、スネイプの手元を覗き込んだ。 「どうしたんですか?」 「此の、論文なのだが、」 は、スネイプが手にしている本に目を遣った。その本の著者は有名な魔法薬学研究者であり、スネイプの蔵書の中にもその学者の著書は全て揃えられていた。しかし、スネイプはその学者に対して批判的な様子で、論文を読んでは不愉快そうにしていた。 「此れは、最新の論文なのだが、過去の論文と照らし合わせて明らかに矛盾する点を見つけたのだ!」 「え、」 突然まくし立てるように云われては思考のピントを合わせられずにいたが、差し出された本のページに落ち着いて目を通すと、確かにこの学者が一貫して述べ続けていた論では不可能な魔法薬の調合と効力が記されていた。 「本当だ……彼の論からすると、この調合は成立する筈ありませんね。」 「そうであろう!」 普段、顔も声も無表情もしくは不機嫌なスネイプだが、この時だけは明らかにそれと判る程に嬉しそうに笑みを浮かべる。は近付いて初めて知った、スネイプのこういう処を、とても愛しく感じていた。また、今、此の場に居合わせてスネイプの喜びを共有できている事が、此の上なく嬉しかった。 魔法薬学が好きで、研究し続けているのは勿論純粋にその学問に対する興味と研究意欲によるものだが、スネイプの助手になり、彼に好意を抱くようになってからは、別の意味でも、魔法薬学を研究していて良かった、と思うようになった。そんな不謹慎な気持ちをスネイプに知られたら、間違い無く軽蔑される……そう思うと、は自分の気持ちをスネイプに知られる訳にはいかなかったが―――。 「今夜中に論文を仕上げて、明日、学会理事へ持って行く事にする。」 スネイプは喜びを隠す事無く、いそいそと机に戻ると、書きかけていた論文の執筆に取り掛かった。もう3ヶ月も以前に書き始めたものだが、要となる論が確立しないまま、止まっていたのだ。その所為もあって、ここ数週間のスネイプはいつも何処か機嫌が悪かった。 は、嬉しさと安堵の入り交じった表情でスネイプを見つめていたが、ふと我に返った。 「え、明日ですか?!」 突然大きな声を上げたに、スネイプはペンを止めて「そうだ」と訝し気に返辞する。 「明日って、授業、生徒たちレポート20枚書いて……」 「あぁ…済まない、頼む。」 「え……!!」 学会理事に直接論文を持って行くと云う事は、少なく見積もっても丸1日は戻って来られない。もし理事がつかまらなかったら、もっとかかる。理事は多忙だが突然時間が空く事もあるので、アポイントを取らずに行っても運良く会える事はしばしばある。しかもスネイプは、学会では理事の片腕として働いているため、突然の来訪でも理事は恐らく会ってくれるのだろう。したがって、「いきなりアポなしで行くなんて無謀ですよ」という引き止め方はできない。 は茫然とした。普段の助手の仕事だけでも案外忙しい。そこへ、予定外のスネイプの不在となると、授業の幾つかは休講にするとしても、外せない仕事はが代わりにやるしかない。尤も、それだけの能力があるからは助手を任されている訳だが、桁外れに仕事のできるスネイプと同じ量の仕事を同じ速さでする事は当然叶わないのであって、加えて、まさか自分一人で遣るとは思っていなかった、20枚のレポート50人分の採点……は気が遠くなった。 「先生……大体、いつ頃お戻りになりますか?」 今にも泣き出しそうな顔で訊ねるに、スネイプは論文に目線を落としたまま答える。 「分からぬ。……明日は無理だろうな。」 「そんな……!」 「何かの形で埋め合わせはする。」 「……」 スネイプは、此れ以上話し掛けるな、という空気を醸し出しながら、執筆に没頭している。もう何を云っても無駄だと判っているから、は肩を落としてとぼとぼと机に戻る。こうなってしまったからにはスネイプの留守中、しっかりと代理を務めなくてはならない。泣き言を云っている暇は無いとばかりに、は仕事の手を速めた。 翌日、夜通しかかって書き上げた論文を持って、スネイプは朝食も摂らずに学会理事の元へ出掛けて行った。此れからには怒濤の1日―2日かもしれないし3日かもしれない―が待っている。 とんでもない上司(師匠)についてしまった……と思うと同時に、そんな上司(師匠)に自分は惚れてしまっているんだから本当に始末が悪い……。そんな事を考えながら、は溜め息を吐いてスネイプの背中を見送った。 (2006.4.16)
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