■ My Dear ■


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その時、先生は、とても驚いた顔をした。


もう、梟の鳴く声すら聞こえないような真夜中に、突然大きな音を立てて扉が開いて、
しかもその来訪者が生徒だったのだから、驚くのも無理はない。


加えて、その時の私の顔は、きっと蒼白だった。
今にも泣き出しそうな、情けない顔をしていたのだと思う。


「...何か、あったのか?」


夜更けに校内をうろついていたことを咎めもせず、
先生は眉間の皺を深くして、心配そうに駆け寄って来てくれた。


私は、先生の差し延べてくれた腕に縋ると、何も言わずにその胸に顔をうずめた。
その行動に、先生はさらにただ事ではないと感じたのか、私を強く抱き締めて、
「一体何があったのだ」と、いっそう深刻な声で訊ねた。


「....」


「....?」


部屋に飛び込んで来たまま、一言も喋らない私の背中を、
先生はあやすように撫でながら、静かに私の名前を呼んだ。


先生の低い声が体じゅうに響いて、私はそれがとても心地良かった。


「....何があったのか言ってくれねば、我輩はどうして良いのか分からぬ」


「....」


「......」


「.....何も、ないです」


私は、消え入りそうな声で、やっと返事をした。


「...何もない?」


「はい」


「そんなはずはないであろう、あのように青い顔をして駆け込んで来ておいて...」


先生は、私の答えが納得できないという様子で、
抱き締めていた体を離すと、私の肩を掴んだまま、真っ直ぐに視線を合わせた。


その瞳は、これ以上ないほど心配そうで、
私は、少し申し訳ないような、けれど、とても暖かくて、嬉しい気持ちになった。


「ホントに、何もないんです。....ただ、」


私は、先生の顔を見上げながら、そこまで言って、俯いた。


「ただ?」


続きを促す先生の背中に、私はもう一度腕を回すと、小さな声で、答えた。


「....ただ、会いたかった」


「....」


先生が、どんな気持ちで、どんな表情で、私の言葉を聞いたのか、少し不安だった。
私の、子どもじみた我侭。
こんな非常識な時間にまで、先生を煩わせて。
呆れられたかもしれない。


「...会いたかった」


先生の返事がないことに、今度は私の方が不安になって、
もう一度、同じ言葉を口にした。


「....それだけの為に...?」


背中から、低い声が響く。


「....」


「たった、それだけの、」


「会いたかったの」


三度目は、先生の言葉を遮って。










夜中に、目が覚めて、たまらなく会いたくなった。
声が聞きたくなった。
抱き締めて、欲しくなった。


気が付くと、寮を抜け出して、真っ暗な廊下を走っていた。
まるで見境のない、子どものするようなこと。










「.....」


先生の、溜息が聞こえた。
やっぱり、怒られるかな、と思った次の瞬間、
体に響いた先生の声は、とても優しいものだった。


「全く...仕方のない奴だ」


溜息交じりだったけれど、怒っていないことは、その声色と、
包み込むように私を抱き締める腕の感触から伝わってくる。


「怒ってない?」


「...訊かずとも、判っているのだろう?」


「....」


先生に、抱き上げられて、また、瞳がぶつかり合う。
笑いかけると、先生も、静かに微笑んでくれた。


嬉しくて、暖かくて、幸せで。


この温もりは、夜が明けるまで―――


(2004.2)





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