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サラサラ、サラサラ.......零れ落ちていく、
蒼い砂のような“それ”は、とてもきれいで、 思わず、触れてみたくなった。 触れてはいけない、これは毒。 判っていても、 そういうものほど、私の心を狂わせる――― 「何をしている!」 薄暗く、冷え冷えとした地下室に、低い、よく通る声が響いた。 急に現実に引き戻されて、反射的に振り返ると、寮監の教師が立っていた。 「ミス・、その、手に持っているものは何だ」 彼は眉間に皺を寄せ、荒々しく近付いてきた。 私が答えてもいないのに、私の手にしていた小瓶を取り上げようとするので、 思わず身をかわして、彼の伸ばした腕を避けた。 「.....それがどういう薬か、判っているのか?」 「........知りません」 嘘をついた。 そんなこと、知らないはずがない。 判っているからこそ、魅せられるのだ。 「青くて、きれいだったので」 彼は、苦々しい表情で溜息をひとつ吐いた。 「渡しなさい。それは、毒だ」 そう言って彼の差し出した右手を、私はわざと無視した。 「――毒?こんなに、きれいなのに」 「見た目が美しかろうと何だろうと、毒は毒だ。さっさと渡せ」 違う。 きれいだからこそ、毒がある。 だからこそ、触れてみたくなる。 「減点されたいのか?!」 次第に苛立ってゆく彼を見ているうちに、 ふと、思いついた。 彼を、困らせてみたくなった。 「――っ!何をしている!」 私は、小瓶を持っていた右手を、ゆっくりと高く上げると、 小瓶を傾け、落ちてくる砂のような薬を、左の掌で受けた。 「馬鹿者!死ぬつもりか!」 弾かれた様に駆け寄ってきた、彼の蒼白な表情を見て、 私は多分、笑っていた。 急激に薄れていく意識のなかで、他に憶えているのは、 砂が、指の隙間を零れ落ちる、サラサラ、サラサラ、という微かな音と、 その、冷たい手触りだけ。 目を開けると、保健室のベッドの上だった。 何故こんな所に居るのかすぐには判らなくて、記憶を辿る。 そして、思い出すと同時に、不思議な気持ちになった。 別に、死ぬつもりもなかったけれど、 目が覚めたことも、少し不思議だった。 左手を見ると、何の跡もなかった。 身体中のどこにも、痛みも感じなかった。 ふと、スネイプ教授の慌てた顔を思い出した。 何となく嬉しいような、可笑しいような気分になった。 窓の外を見ると、小雨がぱらぱらと落ちている。 偶然、マダム・ポンフリーが席を外していたのをいいことに、 私はそっとベッドを抜け出した。 校庭に出てみると、誰の姿も見えない。 雨も降り始めたし、もう、夕方の5時を回っているせいもあるのだろう。 雨が土に沁み込む、湿った匂いを、胸一杯に吸い込み、 目を閉じて、頬に当たる冷たい雫を心地良いものに感じた。 私は、この時間に降る雨が、好きだった。 灰色の空から落ちてくる雨が、どことなく、いとおしかった。 ――不意に、雨が途切れた。 振り向くと、寮監が、傘を持って立っていた。 私は、その傘の下に居た。 4つの瞳がぶつかり合って静止したまま、 私は言葉を失っていた。 先に口を開いたのは、彼のほう。 「......風邪を引くぞ」 口調はそっけないものだったけれど、そこに怒りはなく、 むしろ、彼には不似合いな優しさが込められているようにすら感じられた。 「.....先生、怒ってないんですか?」 「何が」 「毒薬、」 「20点、減点しておいた」 「...........」 「...........」 「なんで、傘さしてくれるんですか?」 別に、どういう返事を期待していたわけでもなく訊いた問いに対する、 彼の返事は意外なものだった。 「.....我輩も、毒に惹かれたようだ」 思わず、彼の顔を見上げると、相変わらず眉間に皺を寄せていたけれど、 それは照れ隠しのようにも思えて、私はまた、嬉しくなった。 「...毒って、どんな毒ですか?」 彼はその問いに答える代わりに、ゆっくりと私と視線を合わせると、 静かに、唇を合わせた。 雨が、傘を打つ音が、遠くのもののように聞こえる。 その音は、あの砂の落ちる音よりも、 ずっと、心地良かった。 雨の夕方、傘の下で交わした口づけは、きれいな毒のように、心を狂わせた。 (2004.1)
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